しばらく、ここで
青白い炎が消えたあとも、倉庫の中には微かな熱の気配が残っていた。
ミリャはかおりの指先をじっと見つめ、それから静かに息を吐く。
「……大丈夫そうだな」
「え?」
「魔力に飲まれる様子がない。暴発もしない。初めてにしては、対応が落ち着いている」
褒められているのか判断しかねて、かおりは曖昧に笑った。
「たぶん、道具と同じ感覚で考えちゃったからかな」
「それができる者は多くない」
ミリャはそう言ってから、話題を変えるように周囲を見回した。
「当面の生活は……ここに留まるつもりか?」
「そうするしか、ないかな」
かおりは正直に答える。
「近くに街はあるの?」
「私の足で、片道二日ほどだ」
「……往復四日」
頭の中で計算して、すぐに首を振る。
「今の私じゃ無理そうね。体力的にも、道的にも」
「だろうな」
ミリャはあっさり頷いた。
「なら、必要なものを聞こう。あるなら、調達してくる」
その言葉に、かおりは少し驚いた。
「いいの?」
「話を聞いた以上、放ってはおけない」
少し考えてから、かおりは指を折りながら言う。
「食料品。できれば、調味料も。塩とか、油とか」
「ふむ」
「その前に……ここに住んでも、いいの?」
ミリャは一瞬だけ視線を逸らした。
「領主の土地ではある。ただし未開の地だ。正式な許可は必要になるが……警備隊経由で話は通しておく」
「ありがとう」
ほっとした表情を見せたあと、かおりは続ける。
「それなら、ここで自給自足できるようにしたいの。畑とか、保存とか。そのために必要そうな物も欲しい」
「分かった。種、道具、保存用の品だな」
話が具体的になってきたところで、かおりは一つ思い出し、言いにくそうに口を開いた。
「それで……問題があって」
「何だ?」
「私、お金持ってないのよね」
ミリャは少し顎に手を当て、倉庫の中を見回した。
そして、壁に掛けられていた一枚の絵に目を留める。
「……あれを、貰ってもいいか?」
「この絵を?」
風景画だ。父がどこかで買ってきて、何となく倉庫に飾っていたもの。
「まあ、いいけど……」
「この絵なら、三ヶ月は遊んで暮らせる」
「え?」
「私を信用するなら、これを元手に必要な物を買ってこよう」
かおりは一瞬迷い、それから頷いた。
「分かった。ミリャに任せる」
「往復四日。調達に三日。合計七日ほどくれ」
「気長に待ってるわ」
ミリャは絵を丁寧に外し、背負い袋に入れた。
「それと」
振り返りながら、もう一つ付け加える。
「この建物、頑丈そうだが……周囲は少し防御を固めておいてくれ」
「防御?」
「そうだ。丸太を重ねた柵くらいは欲しい」
かおりは倉庫の外、森の木々を思い浮かべる。
「……了解。何でも屋、また仕事ね」
ミリャは小さく笑い、扉へ向かった。
「戻るまで、無事でいろ」
「そっちこそ」
扉が閉まり、倉庫に静けさが戻る。
かおりは一人になった空間で、深く息を吸った。
ここで、生きていく。
その覚悟が、少しずつ現実になり始めていた。




