盤上に広がる静かな熱
リバーシブルの生産は、どうやら順調に進んでいるらしい。
木工師の工房をのぞくと、板の切り出しから焼き印まで、流れるような動きになっていた。
最初の頃の手探り感はもうない。
「……慣れるの、早いわね」
かおりは感心しながら、積み上げられた完成品を眺めた。
市民用の簡素なもの。
けれど、角は丁寧に落とされ、盤面も見やすい。
裏面には、きちんと家紋の焼き印が入っている。
「仕事として、ちゃんと形になってる」
さらに驚いたのは、その後だった。
「リーナさん、住人には無料で配ってるみたいよ」
そんな話を聞いた時、かおりは思わず頷いた。
「……流石ね」
売ることだけを考えれば、無料配布は遠回りに見える。
でも。
「自分たちが作っている物を、自分たちが使う」
それが、どれだけ大事か。
かおりにはよく解っていた。
「何を作ってるのか解らないまま手を動かすより」
「実際に触って、遊んで、楽しんだ方が、気持ちも入るものね」
結果として、仕事の質も上がる。
「うん、いい判断」
……ただ。
「……ちょっと想定外だけど」
村を歩いていると、あちらこちらで人だかりができている。
「そこ!今の一手、甘いぞ!」
「えー!?そこ置くの!?」
「次、俺な!」
木の盤を囲み、大人も子供も、真剣な顔。
「……完全に対決が始まってるわね」
かおりは、苦笑した。
リバーシブルは、ルールが簡単だ。
置ける場所に置く。挟めばひっくり返る。
最後に多い方が勝ち。
「説明、三分で終わるものね」
子供でも、すぐ覚える。だからこそ。
「……容赦ないのよね」
年配の職人が、子供相手に本気で打っている。
負けた子供が、悔しそうに唇を噛む。
「もう一回!」
「次は負けねぇ!」
「いいぞ、その意気だ」
完全に、火が付いていた。
「これ、娯楽の域を超えてない?」
そう思いながらも、かおりは止める気にはならなかった。
「争いじゃないし」
「賭けもないし」
「怪我もしない」
むしろ。
「考えて、読む遊び」
視線の先。
静かに盤を見つめるリーナの姿があった。
一手一手、慎重に。
負けても表情を崩さず、次の局面を考えている。
「……ああ」
かおりは、納得した。
「統治の訓練にも、なってるわね」
夜。
村のあちこちから、まだ楽しそうな声が聞こえる。
「もう一局!」
「次は本気だ!」
かおりは、少し離れた場所からそれを眺めた。
「たかが遊び」
「でも、されど遊び」
人を集め、言葉を交わし、考えさせる。
「いい物、作ったかも」
リバーシブルの盤上では、今日も静かな熱が広がっていた。
それは、この村に新しく生まれた、穏やかな日常の音だった。




