盤上に広がる静かな熱
リバーシブルの生産は、どうやら順調に進んでいるらしい。
木工師の工房をのぞくと、板の切り出しから焼き印まで、流れるような動きになっていた。最初の頃の手探り感はもうない。
「……慣れるの、早いわね」
かおりは感心しながら、積み上げられた完成品を眺めた。
市民用の簡素なもの。けれど、角は丁寧に落とされ、盤面も見やすい。裏面には、きちんと家紋の焼き印が入っている。
「仕事として、ちゃんと形になってる」
◇
さらに驚いたのは、その後だった。
「リーナさん、住人には無料で配ってるみたいよ」
そんな話を聞いた時、かおりは思わず頷いた。
「……流石ね」
売ることだけを考えれば、無料配布は遠回りに見える。
でも。
「自分たちが作っている物を、自分たちが使う」
それが、どれだけ大事か。かおりにはよく解っていた。
「何を作ってるのか解らないまま手を動かすより」
「実際に触って、遊んで、楽しんだ方が、気持ちも入るものね」
結果として、仕事の質も上がる。
「うん、いい判断」
……ただ。
「……ちょっと想定外だけど」
村を歩いていると、あちらこちらで人だかりができている。
「そこ!今の一手、甘いぞ!」
「えー!?そこ置くの!?」
「次、俺な!」
木の盤を囲み、大人も子供も、真剣な顔。
「……完全に対決が始まってるわね」
かおりは、苦笑した。
リバーシブルは、ルールが簡単だ。
置ける場所に置く。
挟めばひっくり返る。
最後に多い方が勝ち。
「説明、三分で終わるものね」
子供でも、すぐ覚える。
だからこそ。
「……容赦ないのよね」
年配の職人が、子供相手に本気で打っている。
負けた子供が、悔しそうに唇を噛む。
「もう一回!」
「次は負けねぇ!」
「いいぞ、その意気だ」
完全に、火が付いていた。
「これ、娯楽の域を超えてない?」
そう思いながらも、かおりは止める気にはならなかった。
「争いじゃないし」
「賭けもないし」
「怪我もしない」
むしろ。
「考えて、読む遊び」
視線の先。
静かに盤を見つめるリーナの姿があった。
一手一手、慎重に。
負けても表情を崩さず、次の局面を考えている。
「……ああ」
かおりは、納得した。
「統治の訓練にも、なってるわね」
夜。
村のあちこちから、まだ楽しそうな声が聞こえる。
「もう一局!」
「次は本気だ!」
かおりは、少し離れた場所からそれを眺めた。
「たかが遊び」
「でも、されど遊び」
人を集め、言葉を交わし、考えさせる。
「いい物、作ったかも」
リバーシブルの盤上では、今日も静かな熱が広がっていた。
それは、この村に新しく生まれた、穏やかな日常の音だった。




