黒白の盤、仕事の芽
さて、と。
かおりは軽く手を叩き、建築現場とは逆方向へ足を向けた。
目的地は、村の外れにある木工師の作業場だ。
「まずは、形にしないとね」
頭の中だけでは、産業にはならない。
手に取れる“物”になって、初めて話が進む。
◇
木工師の工房は、今日も木の香りに満ちていた。
削りかすが床に積もり、陽の光が舞っている。
「こんにちはー」
「おう、かおりさん。どうした?」
事情を簡単に説明し、紙に描いた簡単な図面を差し出す。
「これを、作って欲しいんです」
木工師は、図面を覗き込み、首を傾げた。
「盤……? 石?」
「はい。両面使えるようにして、白と黒に分けてください」
「ほう……」
しばらく考え込み、やがて頷いた。
「加工自体は、難しくないな」
「ちょっと待ってな」
そう言って、すぐに作業に取りかかる。
◇
手慣れた動きだった。
板を切り出し、表面を整え、升目を刻む。
丸く切り出した木片を磨き、片面を焼いて色を変える。
「……こんな感じか?」
差し出されたそれを、かおりは受け取った。
「ええ! それで完璧です!」
「……妙なもんだな」
木工師は、出来上がった盤と石を眺めながら首を傾げる。
「何に使うんだ?」
「遊びです」
「……遊び?」
「はい。でも、そのうち仕事になりますよ」
にこっと笑って、そう言った。
「上手くいけば、継続的に注文が来ます」
「この領地の“名物”になるかもしれません」
木工師は、半信半疑のまま、腕を組んだ。
「ほう……」
「まあ、悪い話じゃなさそうだ」
◇
出来上がった盤を抱え、かおりはそのままリーナの元へ向かった。
「リーナさーん」
執務の合間だったらしく、書類から顔を上げる。
「かおり? それは……?」
「ちょっと、見て欲しいものがあるんです」
机の上に、盤と石を並べる。
「何ですか、これ?」
「上手くいけば、この領地の産業になるかもしれないものです」
リーナは、興味深そうに身を乗り出した。
◇
かおりは、簡単に説明を始めた。
「盤の上に石を置いて、相手の石を挟むと、自分の色に変わります」
「最終的に、数が多い方の勝ち」
「……それだけ?」
「それだけです」
リーナは、少し拍子抜けした顔をしたが――
すぐに、盤をじっと見つめ始めた。
「……では、やってみましょう」
◇
勝負は、すぐに始まった。
最初は軽い気持ちで石を置いていたリーナだったが、数手進むと表情が変わる。
「……なるほど」
一手一手、慎重になる。
「簡単ですが……考えさせられますね」
「でしょう?」
盤面が埋まる頃、リーナは小さく息を吐いた。
「奥が深い……」
「これは、面白いです」
◇
勝負が終わると、かおりは三つの案を提示した。
「これ、三種類で展開したいんです」
「三種類?」
「はい」
指を折りながら説明する。
「市民用。安価で、木製のみ」
「裕福層向け。仕上げを良くして、石も磨き込みます」
「貴族用。装飾入り、注文生産」
リーナは、即座に理解した。
「……なるほど」
「まずは、市民用から生産を始めましょう」
「価格を抑えて、広く行き渡らせる」
「裏には――」
「ええ」
かおりは、にやりと笑った。
「板の裏に、ルーディア家の家紋を焼き付けます」
「ここで作られた物だと、分かるように」
リーナは、静かに頷いた。
「良い案です」
「すぐに手配しましょう」
◇
こうして。
ただの遊びだった黒と白の盤は、
仕事となり、産業の芽となり、
この領地に、新しい役割を与え始めた。
戦わず、奪わず、争わず。
人の手と時間で生まれる、小さな価値。
それは確かに――
この土地が「生きる場所」である証だった。




