食卓を越えて走るもの
食事の準備をしていると、裏口の方から軽い足音がした。
「おーい!」
顔を出したのはミリャだった。
手には籠。中で何かがぴちぴちと跳ねている。
「川で魚が取れたんだ! 一緒に食おうぜ!」
「あー! 丁度良かった!」
かおりは手を止めて振り向いた。
「今、何作ろうか考えてたところなのよ」
「それなら焼き魚だな!俺、焼くのは得意だからさ!」
「解ったわ。じゃあ私はパンとサラダを準備するわね」
役割は自然と決まった。
◇
しばらくして、香ばしい匂いが漂い始める。
「おー!上手く焼けたぞ!」
ミリャが誇らしげに串を掲げる。
「……鮎?それとも岩魚?」
見た目はその中間。
細身で、銀色の腹をしている。
「名前は知らん!でも美味いぞ!」
「それで充分ね」
かおりは笑って、皿を並べた。
「パンとサラダもどうぞ」
「おう!」
二人で向かい合い、食事が始まる。
◇
ミリャは魚を一口食べ、満足そうに頷いた。
「やっぱ焼き魚は最高だな」
「いい焼き加減よ」
そう言ってから、かおりはサラダの皿を差し出した。
野菜の上には、昨日作ったばかりのものがかかっている。
「……なあ」
ミリャが皿を覗き込む。
「サラダにかけてるの、何だ?」
「あー、昨日作ってみたのよ」
かおりは指差した。
「こっちはドレッシング。白い方はマヨネーズ」
「へー……」
少し警戒したように箸を伸ばす。
「食べてもいいのか?」
「もちろん」
一口。
次の瞬間。
「……うま!!」
ミリャの目が見開かれた。
「どっちも美味いな!!」
さらにもう一口。
「俺、生野菜苦手なんだけどさ……これかけると、普通に食える!」
「良かった」
かおりは、ほっと息をついた。
「遠慮せず使って」
◇
しばらくして、ミリャが真剣な顔になる。
「なあ」
「なに?」
「この二つ……まだあるのか?」
「ええ。あるわよ」
その瞬間、ミリャは立ち上がった。
「よし!」
「……え?」
「これ、リーナの所へ持っていく!」
「あー……そうね」
かおりは一瞬考え、頷いた。
「お願いするわ」
「任せろ!」
ミリャは瓶を抱え、勢いよく走り去っていった。
◇
――それから、しばらくして。
扉が、勢いよく開く。
「か・お・り・お・姉・様」
低く、よく通る声。
「……はい?」
振り向いた先には、腕を組んだリーナが立っていた。
背後には、どこか気まずそうなミリャ。
「聞きました」
にこり。
だが、目が笑っていない。
「昨日作ったばかりの“白いソース”と“謎の液体”」
「それを」
一歩、前に出る。
「……えーっと」
「私の所へは、“完成品だけ”届きましたが?」
ミリャが、そっと視線を逸らした。
「説明書、ありませんでしたよ?」
静かな怒り。
かおりは、思わず苦笑する。
「あ、あの……」
「詳しく」
リーナは、深呼吸してから言った。
「“最初から”説明していただけますか?」
こうして。
食卓を越えて走った二つの調味料は、
思わぬ形で、次の波紋を呼ぶことになるのだった。




