白い奇跡と混ぜるという発明
食材は増えた。
だが、味はまだ増えていない。
かおりは、倉庫の一角で腕を組んでいた。
木箱に並ぶのは、塩、酢、乾燥させた数種類のハーブ。
油は、家畜から取れた脂を精製したものが少量。
「……うん。素材はいいんだけどね」
焼く、煮る、蒸す。
どれも悪くはない。
だが、どうしても似た味になる。
「“味を変える”って、やっぱり調味料なのよね」
そう呟いてから、はっとする。
「でも、増やしすぎるのはダメ」
統治と技術の距離。
生活に必要、でも支配力にならないもの。
「……なら、“混ぜる”だけで出来るもの」
かおりは、倉庫の奥から古紙回収品の料理雑誌と保存食の本を引っ張り出した。
ぱらぱらとめくる。
「干物……燻製……ピクルス……」
酢があるから、ピクルスはいける。
だが、今日は違う。
「……ん?」
ふと、目が止まる。
「ドレッシング……マヨネーズ……」
写真に写る、白くてなめらかなソース。
「……これ、作れるわね」
思わず、声に出た。
◇
材料を、頭の中で整理する。
卵。
油。
酢。
塩。
「……全部、ある」
火も、魔法も、魔道具もいらない。
必要なのは――
「混ぜること」
かおりは、深く頷いた。
「これなら、“発明”じゃない。“知恵”だわ」
◇
まずは、ドレッシングから。
「簡単なのから行きましょう」
かおりは、作業台に並べた。
・酢
・油
・塩
・刻んだハーブ
「基本はね、“酸味・油・塩”」
そう言いながら、小さな器に酢を入れる。
「そこに、塩を少し」
くるくるとかき混ぜる。ん?待てよ。風魔法で混ぜるって出来るなかしら?
おー!!出来た!!道具要らずで便利!
「塩が溶けたら、油を少しずつ足す」
とろりと油を垂らしながら、休まず混ぜる。
「一気に入れると分離するから、少しずつ」
最後に、刻んだハーブを入れる。
「これで完成」
器を傾けると、ほどよくとろみのある液体が揺れた。
「野菜にかけるだけで、味が“別物”になるわ」
一口。
「……っ!」
「……うまい!久々の味って感じ!」
かおりは小さく笑った。
◇
「次は……こっち」
本命だ。
マヨネーズ。
「これは、ちょっとだけコツがいるわ」
用意するのは、
・卵黄
・酢
・塩
・油
「まず、卵は黄身だけ使う」
器に卵黄を入れる。
「ここに、酢を少し」
「混ぜる」
風魔法で一定のリズムで混ぜ続ける。
「大事なのは、止めないこと」
そこへ――
「油を、ほんの少しずつ」
ぽた、ぽた。
「入れては混ぜる。混ざったら、また少し」
最初は変化がない。
だが、しばらくすると――
「あ……」
声を上げる。
「白く……乳化」
かおりは、頷いた。
「液体同士が、仲良くなった状態」
さらに油を足し、混ぜ続ける。
次第に、質感が変わる。
「完成よ」
最後に塩で味を整える。
白く、なめらかで、スプーンですくえるソース。
「マヨネーズ!」
「これは、武器にならない」
量産も、独占も、支配もできない。
「でも、生活を豊かにする」
そのバランスが、心地よかった。
◇
夜。
かおりは、ノートに簡単な作り方を書き留めていた。
「誰でも作れる」
「特別な道具はいらない」
「危険性なし」
線引きは、守られている。
「……よし」
ペンを置く。
白いソースは、ただの調味料。
けれどそれは、この場所が“生きる場所”になった証でもあった。
混ぜるという、静かな発明。
それは、世界を壊さずに、食卓だけを変えていく。
そんな一日だった。




