魔法というもの
お茶が少し冷めた頃、かおりは気になっていたことを口にした。
「ねえ、ミリィ。さっきから当たり前みたいに言ってるけど……魔法って、どんな感じなの?」
ミリィはきょとんとした顔をしてから、少し考えるように顎に手を当てた。
「どんな、と言われると難しいな。生活の中にあるものだ」
「生活?」
「火を起こす、水を出す、風を送る、土を動かす、回復を促す。生活魔法と呼ばれている」
かおりは思わず天井を見上げた。
「火・水・風・土・光……はいはい、定番あるあるね」
「あるある?」
「いや、こっちの話」
内心では、やっぱり来たか、と思っていた。異世界、魔法、属性。予想通りすぎて少しだけ不満だが、同時に納得もしてしまう。
「誰でも使えるの?」
「いいや。向き不向きがある。全部伸ばせる者もいれば、生活魔法だけの者もいる」
「戦闘用とかは?」
「才能がいる。訓練も必要だ」
ミリィは続けて言った。
「それに、使いすぎると倒れる。魔力は無限じゃない」
「……MP切れ?」
「えむ……?」
「え、じゃあレベルとか、ステータスとかは?」
ミリィは完全に分からない、という顔をした。
「……それは何だ?」
「数値で強さが分かったりしない?」
「しないな」
「残量ゲージとかも?」
「見えない」
かおりは深く息を吐いた。
「ゲーム的な概念、無しかぁ……」
どうやら、この世界に便利な可視化システムは存在しないらしい。
「じゃあ……私も、魔法って使えるの?」
ミリィは少しだけ驚いたように目を瞬かせた。
「試したことは?」
「ない。そもそも昨日まで魔法の無い世界にいたし」
ミリィは立ち上がり、かおりの前に来る。
「なら、感じてみるといい」
そう言って、両手でかおりの手を包んだ。
「……あ」
触れた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「これが魔力だ」
「……なんか、ある」
確かに、何かが流れている感覚があった。電気とも違う、血流とも違う、不思議な存在感。
「完全に無い者には、何も感じない。お前には、ある」
「じゃあ!」
「生活魔法なら、訓練すれば使えるようになるだろう」
かおりは少し身を乗り出した。
「どうやるの?」
「魔法は、イメージが大事だ」
ミリィはかおりの指先を軽く持ち上げる。
「まず、魔力を指先に集める。次に、はっきりとしたイメージを思い浮かべる」
「イメージ……」
「火なら、火の在り方を」
かおりは目を閉じた。
火。火のイメージ。
焚き火?ロウソク?マッチ?
しっくり来ない。
「……火……」
頭の中を探って、ふと浮かんだ。
「……ガスバーナー」
「がす……?」
次の瞬間。
指先に、青白い火が灯った。
勢いよく、真っ直ぐで、安定した炎。
「……!?」
ミリィが思わず一歩下がる。
「何だ!?この色は!」
「え、普通じゃないの?」
「火は赤や橙だ!こんな……澄んだ炎は見たことがない!」
かおりは慌てて指を振り、火を消した。
「ご、ごめん!イメージ、失敗した?」
ミリィはしばらく黙り込み、やがてゆっくりと首を振った。
「いや……失敗ではない」
「じゃあ?」
「お前の“火”だ」
かおりは自分の指先を見つめた。
「……私、何でも屋なんだけどな」
ミリィは小さく笑った。
「なら、その魔法も道具だ」
青白い炎の余韻が、まだ空気に残っている。
どうやらこの世界でも、かおりの常識は少しずつズレていくらしい。




