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倉庫ごと異世界転移したので、何でも屋を始めます  作者:


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統治と技術の距離

朝の空気は、少しだけ騒がしかった。


村の外れ――いや、もう「村」と呼ぶのも曖昧になりつつあるその場所に、荷馬車が何台も並んでいる。

馬……いや、角の生えたあの生き物が引く車両だ。見慣れない者が見れば、まずそこで立ち止まるだろう。


「思ったより、早いわね……」


かおりは、少し離れた場所からその様子を眺めていた。


第65話で話に出ていた開拓団。

その第一陣が、予定より早く到着したのだ。


人が増える。

それは、活気と可能性をもたらす。

同時に――管理という現実も、確実に連れてくる。



「かおり殿」


声をかけてきたのは、ハインリヒ・フォン・ルーディアだった。

相変わらず背筋は伸び、服装は簡素だが隙がない。


「今朝の状況は見たか?」


「はい。人数も、想定通りですね」


「うむ」


伯爵は頷き、荷馬車の列に視線を向けた。


「職人、農家、元商人。構成としては悪くない。だが……」


一拍、間を置く。


「技術の距離が近すぎる」


かおりは、その言葉に小さく息を吸った。


「……やっぱり、そう思われますか」


「当然だ」


伯爵は、はっきりと言った。


「ここでは、水が自動で上がり、土は機械で耕され、温水が流れる。これ自体は素晴らしい」


「ですが?」


「外から来た者にとっては、“異常”だ」


かおりは、何も言わずに頷いた。


自分でも、わかっていた。

便利すぎる。

早すぎる。

そして――説明が追いついていない。



「技術が先に行き過ぎると、人は考えることをやめる」


伯爵の言葉は、重かった。


「統治とはな、“整えること”ではない。“距離を保つこと”だ」


「距離……」


「民が理解できる速度で、理解できる形で、進ませる。それを超えた技術は、不信と依存を生む」


かおりは、ふと思い出した。

爺さんが言っていた“線引き”。


「生活補助具として扱え」

「便利なものほど、制限が必要」


あの言葉が、今になってはっきりと意味を持つ。


「私は……」


かおりは、言葉を選びながら続けた。


「“出来るからやる”を、繰り返してきました。でも……」


「今は?」


「今は、“使わせない勇気”も必要なんだって、思ってます」


その答えに、伯爵は目を細めた。


「良い答えだ」



その後、リーナも合流した。


補助器具と杖を使いながら、ゆっくりと歩く姿は、もう誰の目にも自然に映る。


「かおりさん」


「はい?」


「新しく来た人たち、少し……戸惑っています」


「……ですよね」


「便利すぎるのも、不安なんですね」


リーナは、そう言ってから小さく微笑んだ。


「だから、お願いがあります」


「何でしょう」


「技術を“見せる”役と、“管理する”役を、分けませんか?」


かおりは、思わず目を見開いた。


「私が前に出るのは、統治と説明だけ。かおりさんは、裏で支える」


「……それって」


「かおりさんが、全部を背負わないためです」


その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった。


「ありがとうございます」



その日の夕方。


かおりは、弟子たちと集まって話をした。


「耕運機は、必要な家にだけ貸し出し制にします」


「えっ、増やさないんですか?」


「増やします。でも、説明を受けた人だけ」


「水の配管も、勝手に弄れないように」


「温水も、当面は共同浴場だけに」


不満の声は、出なかった。

むしろ、皆が理解している様子だった。


「便利すぎると、壊れた時が怖いですもんね」


誰かが、ぽつりと言った。


「そう」


かおりは、頷いた。


「技術は、使う人の理解があってこそ意味がある」



夜。


一人で空を見上げながら、かおりは思う。


ここは、もう「発明の実験場」じゃない。

人が暮らし、増え、続いていく場所だ。


「近づきすぎない」


それは、冷たいことじゃない。

守るための距離だ。


「……よし」


かおりは、静かに決めた。


これからは、全部を作らない。

全部を渡さない。

でも、必要な時には、支える。


統治と技術の間に、一本の線を引く。


それは、前に進むための――大事な“間隔”だった。

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