世界を知るということ
今日は、少しだけ静かな時間が取れそうだ。
かおりは机の上に積まれた本の山を眺めながら、ひとつ息をついた。
「リーナさん、ずいぶん集めてくれたわね……」
表紙を見ただけでも種類がわかる。
専門書、図鑑、解説書。
どれもこの世界では、それなりに価値のあるものだろう。
最初に手に取ったのは、分厚い一冊。
魔物図鑑。
「……そりゃ、いるわよね」
ぱらりとめくると、絵と簡潔な説明。
生息域、危険度、対処法。
討伐対象としての注意点まで書かれている。
「野生動物+災害、みたいな扱いね」
村の周囲に出る可能性のある魔物には、きちんと印がつけられていた。
今のところ、近隣は比較的安全らしい。
「でも、増えたら話は別……か」
次は植物図鑑。
こちらは少し親しみがある。
分類、育成環境、用途。
「書き方は、向こうとあまり変わらないわね」
薬草、食用、繊維用。
ただし、魔力を含む植物が普通に載っている点が違う。
「……魔力過多だと毒性が強まる、と」
温泉水や温水排水を使う計画。
無関係ではなさそうだ。
そして、次に手に取ったのが。
魔道具紹介。
「……カタログ?」
思わず声に出た。
項目ごとに用途、価格、推奨階級。
挿絵付き。
照明。
加熱器具。
簡易冷却箱。
「あるのね……普通に」
しかも、構造が意外と単純なものも多い。
「……あ」
通信魔道具の頁で、手が止まった。
小型。
携帯型。
対になって使うタイプ。
「これ、ほぼ無線機じゃない」
範囲制限。
魔力消費。
安定性の問題。
価格を見て、眉をひそめる。
「……一般市民が買える値段じゃないわね」
貴族向け。
軍用。
商会専用。
「だから、普及してないのか」
技術が無いわけじゃない。
ある。
でも、高すぎる。
「……素材か、製造工程か」
魔道具は職人の手作りが前提。
大量生産という概念が薄い。
「量産できれば、全然変わるのに」
ふと、村の様子が頭をよぎる。
勝手に引かれた仮配管。
現場判断で進む建築。
善意で動く人たち。
「情報の共有が簡単なら……」
声に出さずに、思考だけが進む。
安価な通信手段。
限定範囲。
音声だけでもいい。
「……今すぐじゃない」
今は、考えるだけ。
本を閉じ、次は地域紹介を軽く流す。
街道。
交易路。
王都。
観光案内のような書き方だが、地形と人の流れが読み取れる。
「ここが詰まると、物流が止まるのね」
最後に、歴史書。
王朝の変遷。
魔道具の発展。
過去の失敗事例。
「……便利になりすぎて、管理が追いつかなかった」
どの時代にも、似た話がある。
かおりは、本を閉じて背もたれにもたれた。
「……ちゃんと、世界を知らないとダメね」
自分の感覚だけでは危うい。
良かれと思っても、越えてはいけない線がある。
「リーナさんは……これを全部、理解した上で動いてるのよね」
そう思うと、少し背筋が伸びる。
机の端に、魔道具紹介の本を残したまま、立ち上がる。
「今は、読むだけ」
作らない。
試さない。
広めない。
それも、選択だ。
窓の外では、村がいつも通り動いている。
静かに。
確実に。
そして、まだ誰も気づいていないが。
かおりの中で、この世界を“支える道具”の芽が、確かに芽吹き始めていた。




