考える責任
「お父様……よろしいですか?」
控えめな声が、執務室に響いた。
簡易とはいえ、机と書類が整えられた空間。
リーナは背筋を伸ばし、父――ハインリヒ・フォン・ルーディアの前に立っていた。
「どうした、リーナ?」
穏やかな声。
だが、領主としての顔だった。
「……この領地について、考えておりました」
ハインリヒは黙って頷き、先を促す。
「ここは、いずれ中心地になる可能性を秘めています」
リーナは、はっきりと言葉を選んだ。
「技術、生活、魔力の扱い……どれも、他にはありません」
「うむ」
「この村で学ばれたことは、やがて他の街へと波及するでしょう」
そこで、一瞬言葉を区切る。
「ですが……」
リーナは、拳を軽く握った。
「今の人口では、守ることすら危ういと認識しています」
室内の空気が、わずかに引き締まる。
「それで?」
ハインリヒは、表情を変えずに問い返した。
「最低でも……あと二百名程度は必要だと思います」
「警備、建築、農業、維持管理……」
「この人数では、どうにもなりません」
沈黙。
数秒後、ハインリヒはゆっくりと頷いた。
「……確かに」
「適切な数字だな」
リーナの胸が、少しだけ軽くなる。
「それで?」
再び、問い。
「どうしろ、と言うのだ?」
「それは……」
言葉に詰まる。
頭の中では考えていた。
だが、実行案として、まだ形になっていなかった。
その様子を見て、ハインリヒは静かに息を吐いた。
「そこまで考えねば、意味はない」
そう言って、机の横に積んであった書類の束を手に取る。
「これを見よ」
リーナは、恐る恐る受け取った。
「……これは?」
「募集要項だ」
「我が領都で、すでに手を打ってある」
驚きで、目を見開く。
「次男、三男」
「次女、三女」
「家を継げぬ者たちだ」
ハインリヒは、淡々と続ける。
「商家の子、職人の家の者、農家の若手」
「それに、元兵士も少々な」
ページをめくる指が、止まらない。
「開拓団として募集を掛けた」
「身元はすべて確認済み。保証も問題ない」
「……もう?」
思わず、声が漏れる。
「すでに通信で第一陣は、向こうを出発している」
「順調に集まっておるよ」
リーナは、しばらく言葉を失った。
(……考えが、早い)
いや。これは“早い”のではない。
“必要なことを、先にしている”のだ。
ハインリヒは、娘を見つめた。
「リーナ」
「お前の考えは、間違っていない」
「だがな」
少しだけ、声が厳しくなる。
「領主とは、“足りない”と気づいた時点で、すでに遅い」
「気づく前に、手を打つものだ」
リーナは、深く頭を下げた。
「……はい」
「勉強になります」
「素直でよろしい」
ハインリヒは、わずかに笑った。
「だが、忘れるな」
「人を増やすということは、責任も増える」
「守るべきものが、増える」
「そして……」
視線が、窓の外――村の方角へ向く。
「この場所にいる“特別な者たち”を、守る覚悟も、だ」
「はい」
リーナは、強く頷いた。
胸の奥で、何かがはっきりと形を持つ。
(私は……)
(“考える”だけで満足してはいけない)
(考えて、動いて、守る)
それが、領主の仕事なのだ。
「……お父様」
「うむ?」
「第一陣が到着するまでに……」
「受け入れ体制を、整えます」
ハインリヒは、満足そうに頷いた。
「よろしい」
こうして。
リーナは一歩、領主としての階段を上った。
まだ未熟。
だが、確かに――前へと。




