まずは住まいから
「……うん。これは、急がないとまずいわね」
かおりは、馬車の方をちらりと見た。
伯爵一行は簡易的な天幕と馬車を組み合わせて休んでいるが、長居できる環境ではない。
ましてや――
「足のことを考えると、尚更よね」
車椅子も補助器具もある。
それでも、段差や不安定な床は負担になる。
「よし。決めた」
かおりは、軽く手を叩いた。
「みんな、ちょっと集まって!」
その声に、作業中だった面々が集まってくる。
「次の優先事項を変えるわ!領主――姫様の住まいを、最優先で建てる」
一瞬、空気が引き締まった。
「やっぱそうなるか」
ミリャが、頷く。
「馬車暮らしは、流石にキツいよな」
「ええ」
かおりは、頷き返す。
「ただし」
指を一本立てる。
「大きな屋敷は、今の人数じゃ無理!だから――」
地面に簡単な図を描く。
「一部先行完成型で行くわ!生活に必要な部分だけ、先に作る。床は全面バリアフリー!段差なし、扉は広め、廊下も余裕を持たせる!あとで、増築できる構造にする」
木工士が、目を輝かせた。
「なるほど……骨組みを先に考えておくってことか」
「そう!最初から完璧を目指さない!“使える状態”を、早く作る」
鍛治士も、腕を組む。
「扉金具や手すりも、最初から付けるか?」
「お願い!」
「あと、床材は滑りにくいのがいいわ」
「濡れても危なくないやつ」
「風呂に近い部屋も必要だな」
ミリャが口を挟む。
「姫様の体力を考えると、移動距離は短い方がいい」
「うん。寝室と風呂、居間は近くにまとめたい」
話は、自然と具体化していった。
「じゃあ今日は、他の作業は最低限にして、この建物を最優先!畑と浴場は一旦ペースダウン!資材も、ここに集中させる」
誰も反対しなかった。
むしろ、空気は前向きだ。
「領主の家、か」
洋裁師が、少し笑う。
「最初は、倉庫の周りに数人で住むだけだったのにね」
「ほんとよ」
かおりも、苦笑した。
その場が一段落したところで、かおりはふと首を傾げた。
「……そういえば」
「私、姫様の名前、まだ聞いてないわ。伯爵様も、何伯爵なのか知らないし。今さら聞くのも、失礼かしら?」
ミリャが、笑った。
「今さらだろ!でも、聞かないまま家建てるのも変だな」
「後で、ちゃんと聞けばいいさ」
「だよね」
かおりは、設計図を抱え直す。
「まずは、住める場所を肩書きより、床と屋根よ」
その日の夕方。
地面には、新しい建物の輪郭が引かれていた。
段差のない床。広めの通路。無理のない動線。
「……うん」
かおりは、図面を見下ろす。
「これなら、大丈夫。ここから、始めましょう」
領主の家は、豪奢でも威圧的でもない。
この森で、この場所で“ちゃんと暮らす”ための家。それが、かおりの出した答えだった。




