まずは住まいから
「……うん。これは、急がないとまずいわね」
かおりは、馬車の方をちらりと見た。
伯爵一行は簡易的な天幕と馬車を組み合わせて休んでいるが、長居できる環境ではない。
ましてや――
「足のことを考えると、尚更よね」
車椅子も補助器具もある。
それでも、段差や不安定な床は負担になる。
「よし。決めた」
かおりは、軽く手を叩いた。
「みんな、ちょっと集まって!」
その声に、作業中だった面々が集まってくる。
「次の優先事項を変えるわ」
「領主――姫様の住まいを、最優先で建てる」
一瞬、空気が引き締まった。
「やっぱそうなるか」
ミリャが、頷く。
「馬車暮らしは、流石にキツいよな」
「ええ」
かおりは、頷き返す。
「ただし」
指を一本立てる。
「大きな屋敷は、今の人数じゃ無理」
「だから――」
地面に簡単な図を描く。
「一部先行完成型で行くわ」
「生活に必要な部分だけ、先に作る」
「床は全面バリアフリー」
「段差なし、扉は広め、廊下も余裕を持たせる」
「あとで、増築できる構造にする」
木工士が、目を輝かせた。
「なるほど……骨組みを先に考えておくってことか」
「そう!」
「最初から完璧を目指さない」
「“使える状態”を、早く作る」
鍛治士も、腕を組む。
「扉金具や手すりも、最初から付けるか?」
「お願い!」
「あと、床材は滑りにくいのがいいわ」
「濡れても危なくないやつ」
「風呂に近い部屋も必要だな」
ミリャが口を挟む。
「姫様の体力を考えると、移動距離は短い方がいい」
「うん。寝室と風呂、居間は近くにまとめたい」
話は、自然と具体化していった。
「じゃあ今日は、他の作業は最低限にして、この建物を最優先」
「畑と浴場は一旦ペースダウン」
「資材も、ここに集中させる」
誰も反対しなかった。
むしろ、空気は前向きだ。
「領主の家、か」
洋裁師が、少し笑う。
「最初は、倉庫の周りに数人で住むだけだったのにね」
「ほんとよ」
かおりも、苦笑した。
その場が一段落したところで、かおりはふと首を傾げた。
「……そういえば」
「私、姫様の名前、まだ聞いてないわ。伯爵様も、何伯爵なのか知らないし。今さら聞くのも、失礼かしら?」
ミリャが、笑った。
「今さらだろ」
「でも、聞かないまま家建てるのも変だな」
「後で、ちゃんと聞けばいいさ」
「だよね」
かおりは、設計図を抱え直す。
「まずは、住める場所を」
「肩書きより、床と屋根よ」
その日の夕方。
地面には、新しい建物の輪郭が引かれていた。
段差のない床。
広めの通路。
無理のない動線。
「……うん」
かおりは、図面を見下ろす。
「これなら、大丈夫。ここから、始めましょう」
領主の家は、豪奢でも威圧的でもない。
この森で、この場所で“ちゃんと暮らす”ための家。
それが、かおりの出した答えだった。




