ミリャとかおり
会話が一段落したところで、かおりはふと思い出したように立ち上がった。
「少し待ってて」
そう言って、棚の一角へ向かう。ミリャは警戒を解かずに様子を見ていたが、敵意のある動きではないと判断したのか、黙って待った。
かおりが戻ってきた手には、マグカップが二つあった。
「お茶、飲める?」
「……茶?」
「葉っぱを乾燥させて、お湯で出した飲み物。落ち着くよ」
ミリャは一瞬戸惑ったが、差し出されたカップを両手で受け取った。湯気が立ち上り、かすかに香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「匂いが……優しい」
「熱いから、ゆっくりね」
ミリャは慎重に口をつけ、小さく一口含んだ。
次の瞬間、目を見開く。
「……!」
言葉が出ないまま、もう一口。今度ははっきりと味わうように。
「これは……苦くない。甘くもないのに、嫌じゃない」
「焙じ茶っていうの。私の世界のお茶」
「飲み物で、こんな……」
ミリャはしばらく黙り込み、両耳がぴくぴくと動いていた。
「森では、水か果実酒くらいしか口にしない。温かくて、安心する味は……久しぶりだ」
かおりは少しだけ微笑んだ。
「そう言ってもらえると嬉しい」
ミリャはカップを大切そうに持ったまま、倉庫の中を改めて見回した。
「この場所……不思議だ」
棚に並ぶ箱、工具、見慣れない部品。天井の灯り。整然とした空間。
「これは何だ?」
「ドライバー。回して留める道具」
「これは?」
「ペンチ。挟んだり、曲げたりする」
一つ一つ質問し、かおりはその都度、簡単に説明する。ミリィは真剣な顔で聞き、時折感心したように尻尾を揺らした。
「武器でなく、生活のための道具……人の営みが、ここに詰まっている」
「倉庫だからね。何でも屋の」
「何でも屋……やはり不思議な職だ」
一通り見終えたあと、今度はかおりが問いを投げた。
「ねえ、ミリャこの世界のこと、少し教えてほしい」
ミリャはカップを置き、背筋を伸ばした。
「ここは王国領の外れに近い森だ。人族、獣人、エルフ……いくつかの種族が共存している」
「猫族は?」
「獣人の一種だ。森と相性がいい。私は戦士だが、狩りや巡回が主な役目になる」
「魔法は……普通にあるの?」
「ある。誰でも使えるわけではないが、珍しくはない」
かおりは内心で、やはりそうか、と納得した。
「この森が危険だって言ってたよね」
「最近、小さな魔物が増えている。群れは弱いが、数が増えると厄介だ」
「だから見回りを?」
「そうだ。そして、この建物が現れた」
ミリャは真っ直ぐに、かおりを見る。
「正直に言えば、警戒していた。だが……」
視線が、マグカップへ落ちる。
「敵意は感じない」
「それはよかった」
「それに……この倉庫は、集落にとっても役立つかもしれない」
「直せる物、作れる物なら手伝えるよ」
その言葉に、ミリャの耳がはっきりと立った。
「本当か?」
「何でも、とは言えないけど。できる範囲でなら」
短い沈黙のあと、ミリャはゆっくりと頷いた。
「……では、改めて言おう。かおり、この森へようこそ」
その言葉は、歓迎だった。
かおりは少し照れくさくなりながら、答える。
「よろしく。」
倉庫の中、湯気の立つカップを挟んで。
二人の距離は、確かに縮まっていた。




