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倉庫ごと異世界転移したので、何でも屋を始めます  作者:


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父としての感謝

伯爵の一行が到着してから、しばらくの間、誰も大きな声を出さなかった。


それは緊張というより、空気そのものが静かだったからだ。

この場に立つ男が、ただの「偉い人」ではないと、誰もが無意識に理解していた。


「まずは……」


伯爵は、深く一礼した。


その所作に、周囲がざわめく。


「父として、礼を言わせてほしい」


かおりは、思わず目を見開いた。


「娘の未来を、救ってくれた」


その声は、低く、だが揺れていた。


「医師も、魔術師も、誰も『現状維持』しか口にせなんだ。希望を語る者はおらんかった」


伯爵は、ゆっくりとかおりを見る。


「だが、君は違った」


「治すなどと大言壮語はせず、ただ“生きやすくする”道を示した」


「それが、どれほど残酷で、同時に誠実な選択か……父として、痛いほど分かる」


かおりは、言葉を失っていた。


「……いえ。私は、出来ることを、出来る形にしただけで……」


「それが出来ぬ者が、この世には山ほどおる」


伯爵は、きっぱりと言った。



「次に、街の件だ」


場の空気が、少し引き締まる。


「既に通達は済んでいる。あの街の領主は、正式に更迭された」


ざわり、と息を呑む音。


「現在は、王都より派遣された臨時責任者が管理を行っている。落ち着くまで、数か月……長ければ一年」


伯爵は、かおりに向き直る。


「その間、この地への立ち入りは制限する」


「……私が、ですか?」


「そうだ」


伯爵は頷く。


「君は、この場所の“核”だ。君に何かあれば、すべてが崩れる」


「だからこそ、街には出るな。連絡はすべて、我々を通す」


「……守るため、ですか」


「その通りだ」


それは命令ではなく、配慮だった。



「そして――」


伯爵が一歩、横に退く。


馬車の扉が、再び開いた。


中から現れたのは、小柄な少女だった。


使用人が手を貸そうとするが、少女はそれを制し、自ら車椅子の縁に手をかける。


「……大丈夫よ」


ゆっくりと。


ほんの一歩ずつ。


足が、地面に触れる。


「……!」


息を呑む音が、はっきりと聞こえた。


少女は、ふらつきながらも、前へ出た。


「はじめまして」


少し震える声。


「あなたが……かおり、さんですね」


「……はい」


「ありがとう、ございます」


深く、深く、頭を下げる。


「私、ずっと……自分の未来を、考えないようにしていました」


「歩けない自分が、当たり前だと思うようにしていました」


顔を上げた少女の目は、真っ直ぐだった。


「でも、今は」


「……ちゃんと、先を見てみたいと思えるんです」


かおりの胸が、締め付けられた。


「……それは」


声が、少しだけ震える。


「あなた自身が、頑張った結果ですよ」


少女は、微笑んだ。


「そう言ってもらえるのが、一番嬉しいです」



伯爵は、その様子を静かに見守ってから、口を開いた。


「――さて」


一拍。


「ここからは、発表だ」


場の全員が、自然と姿勢を正す。


「この森一帯を、伯爵家直轄地とする」


ざわり。


「そして、名目上の領主は――」


伯爵は、娘の肩に手を置いた。


「この娘が務める」


「えっ!?」


かおりの声が、思わず上ずる。


「もちろん、実務は補佐が行う。だが、象徴としてな」


伯爵は、次にかおりを見る。


「そして、かおり」


「君を、伯爵家の養子として迎えたい」


――静寂。


完全な、沈黙。


「……は?」


かおりの思考が、止まった。


「よ、養子……?」


「拒否権は、もちろんある」


伯爵は穏やかに言う。


「だが、これは報酬ではない」


「責任を、君一人に背負わせぬための措置だ」


「君を守るための、立場だ」


ミリャたちが、息を呑んでかおりを見る。


弟子たちも、言葉を失っている。


爺さんだけが、ふぉふぉと笑った。


「やれやれ……大きく出たのう」


かおりは、頭を抱えた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「私、そんな……名誉とか、権力とか……!」


「分かっている」


伯爵は、即答した。


「だからこそ、だ」


「君は、そういうものを“使わない”」


「だからこそ、持たせる意味がある」


かおりは、しばらく黙り込んだ。


そして。


「……少し、考えさせてください」


伯爵は、頷いた。


「当然だ」


「答えは、急がん」



その日。


この森は、静かに“立場”を得た。


だが、かおり自身は。


まだ、何一つ、受け取ってはいなかった。


のんびり暮らすつもりだった異世界生活は、

いつの間にか、彼女を“守る側”へと押し上げていた。


それでも。


この場所に立つ人々の顔を見て、かおりは思う。


――逃げたくは、ないな。


そう、静かに。

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