大衆浴場、建設開始!
「……うん。図面だけだと、やっぱり伝わらないわよね」
かおりは、板に描いた簡易図面を見下ろして、小さく息を吐いた。
大衆浴場。
露天風呂。
洗い場、湯船、脱衣所。
言葉と線では説明しているものの、この世界に“そのもの”が存在しない以上、どうしても反応は鈍い。
「ふむ……風呂は分かるが、これは……?」
「外に湯船を作る意味があるのか?」
「屋根がないのは寒くないのか?」
質問は出るが、どこかふわっとしている。
「ですよね〜……」
かおりは苦笑した。
「……そうだ」
思い出したように、倉庫へ向かう。
倉庫の奥、古紙回収品の箱。
その中に――
「あった!」
取り出したのは、少し色あせた旅行雑誌。
温泉特集のページが折り込まれたものだ。
「これこれ」
湯気立つ露天風呂。
岩風呂、檜風呂、雪見風呂。
夜の灯りに照らされた温泉街。
「みんな、ちょっと来て!」
広げた瞬間。
「おお……」
「何だこれは……」
「湯に、景色が映っとる……?」
ざわ、と空気が変わった。
「これが……風呂?」
「外で……?」
「すげぇ……」
写真を覗き込む目が、一気に輝く。
「こっちは岩を組んだ露天風呂」
「こっちは木のお風呂ね」
「この雪の中で入ってるのは……?」
「冬の露天風呂。最高よ」
一瞬の沈黙のあと。
「……やろう」
誰かが、ぽつりと言った。
「これ、作ろう」
「いや、こっちの形も良くないか?」
「木があるなら、これもいけるな!」
一気に、わいわいと騒がしくなる。
「なるほど……」
ミリャも、腕を組んで頷いた。
「やっと、分かった」
「これは……楽しいな」
かおりは、内心でガッツポーズをした。
「イメージ、大事!」
「じゃあ、私はこっちやってるからね」
皆が風呂の形や配置を話し合う中、かおりは一人、温水用の管の設置に取りかかる。
源泉から浴場予定地へ。
温度を逃がしすぎないよう、角度と距離を調整する。
「ここは直線……いや、少し緩めて」
配管は、生活の血管だ。
「……あれ?」
作業しながら、ふと考える。
「このお湯、結構な量が出てるわよね」
浴場で使って。
各家庭にも回して。
「……それでも、余るかも」
頭の中で、別の発想が芽生える。
「温水プール……いけるんじゃない?」
冬でも凍らない水場。
訓練にも、娯楽にも使える。
「それに……温室」
排水は、まだ温かい。
その熱を捨てるのは勿体ない。
「排水を一度、温室に回して……」
温度を落としながら、作物を育てる。
一年中、安定した栽培。
「……お魚の養殖も、確か温泉水でやってた話、あったわよね」
思考が止まらない。
「これは……」
かおりは、配管図を少し書き換えた。
「大衆浴場の排水は、別系統にしよう」
直接川に流さず、まず分配。
温室場合によっては養殖池へ。
「あとから繋げられるように、分岐だけ作っておく」
今すぐ使わなくてもいい。
“選択肢”を残すのが大事だ。
「……かおり?」
振り返ると、爺さんが立っていた。
「また何か考えとるな?」
「ええ」
かおりは、笑った。
「ついで、です」
「ついで?」
「どうせ作るなら、無駄にしないだけ」
爺さんは、しばらく配管を眺めてから、ふっと笑った。
「……ほんに。生活を広げる発想じゃな」
◇
こうして。
大衆浴場の建設は始まった。
湯を楽しむ場所であり、
人が集う場所であり、
そして――
この地の“未来”へ、
熱を分け与える中心になるとは、
まだ誰も、はっきりとは気づいていなかった。




