大衆浴場?
「……温泉、かぁ」
三本目の井戸に取り付けた仮コックを眺めながら、かおりは腕を組んだ。
高温水。
匂いもあるが、嫌な感じではない。
むしろ――
「これ、上手く使えば……」
自然と笑みが浮かぶ。
「大衆浴場、作れるわよね」
◇
「露天風呂付きとか、良くない?」
周囲に集まったミリャたちに言うと、一瞬きょとんとした顔をされた。
「たいしゅう……?」
「皆で入るお風呂よ。広いやつ」
「ほぉ……」
ミリャが顎に手を当てる。
「確かに、この量の湯なら一人二人で使うのは勿体ねぇな」
「でしょ?」
かおりは頷いた。
「湯の成分はまだ分からないけど、雰囲気は最高よ。森の中で露天風呂とか、かなり風流」
「……露天?」
「外にあるお風呂」
「ほぉ……」
皆の目が、少しずつ輝き始める。
◇
「それとね」
かおりは、図面代わりの板に簡単な線を引いた。
「このお湯、各家にも配管通したいの」
「家でも風呂に入れるってことか?」
「うん。冬とか特にね」
そこで、ふと疑問が浮かぶ。
「……この世界、冬ってあるの?」
ミリャが即答した。
「あるぞ。雪も降る」
「……ですよね〜」
かおりは、天を仰いだ。
「じゃあ、やるしかないわね」
寒い時期に、湯がある。
それは生活の質を一段引き上げる。
「水だけじゃ足りない。お湯はインフラよ」
◇
「さーて」
手を叩く。
「やりますよ!」
まずは浴場の場所決め。
源泉に近く、かつ生活圏から少し離す。
「湯気と湿気があるから、建物は木と石を併用ね」
「床は滑りにくくして……」
考え始めると、止まらない。
◇
――その時。
「……お?」
通信魔道具が、淡く光った。
「お友達からね」
かおりは、一歩下がって通信を繋ぐ。
「もしもし、どうしたの?」
『おう!まずは吉報だ』
声の向こうは、随分と明るい。
『あの街の領主、交代になるぞ』
「……!」
かおりは、思わず息を呑んだ。
『元から評判は悪かったそうだ』
「フォフォ……」
横で聞いていた爺さんが、満足げに笑う。
『それと、もう一つ』
「それと?」
少し間があった。
『……その内に、伯爵がそちらに礼に行くそうだ』
「伯爵が?」
『ああ。爵位としてじゃない』
『一人の父親として、な』
爺さんが、ゆっくり頷く。
「ほぅ……流石、伯爵の器じゃな」
『まあ、俺はこの足で王都へ向かう』
『後は任せたよ』
「……?」
爺さんが眉を上げる。
「何じゃ?歯切れが悪いな?」
『そちらの話は、報告書で詳しく渡してある』
そう言って、通信は切れた。
◇
「……伯爵、来るのね」
かおりは、小さく息を吐いた。
「緊張するなぁ……」
「まあ、なるようになる」
爺さんは、相変わらずだ。
「それより」
浴場予定地を見回す。
「忙しくなるぞ」
◇
誰も知らない。
この時すでに――
伯爵の娘自身もまた、
「その場所」を目指そうとしていることを。
大衆浴場の湯気は、
まだ静かに立ち上がったばかりだった。




