掘削開始
「……ここ、よね」
かおりは、地面に打った目印の杭を見下ろした。
土魔法で感じた、あの微かな違和感。
確証はない。理屈も曖昧だ。
それでも。
「何もしないよりは、ずっといい」
そう言って、自分に言い聞かせる。
◇
まずは、突き井戸。
鍛治士が作ってくれた打ち込み用の管が、地面に横たえられている。
先端は鋭く、管は十分な厚みがあり、叩いても歪まなさそうだ。
「よし……」
「最初は、まっすぐ」
傾けば、後が大変になる。
かおりは、慎重に管を立て、位置を確認する。
◇
その前に。
「弟子さん達、ちょっといい?」
声を掛けると、数人の弟子が集まってきた。
かおりは、倉庫から一つの装置を持ち出す。
「これ、小型ポンプ!水を吸い上げる道具よ」
弟子たちは、興味深そうに覗き込む。
「……構造は、単純ですね」
「でしょ?」
かおりは頷く。
「これを、少し大きくしたいの魔石を使ってもいいけど、出力は控えめで水を“汲み上げるだけ”過剰な圧力は、要らない」
弟子の一人が、顎に手を当てる。
「……回転部と逆止弁ですね」
「魔力は、補助程度に」
「できそうです」
「お願い」
かおりは、頭を下げた。
「量産はしない」
「まずは、一基!安全優先で」
「了解しました」
◇
次に、木工士のところへ向かう。
「木工士さん」
「ん?」
「もし、水が出たら……」
かおりは、少し間を置いてから言った。
「貯水塔、作れる?」
木工士は、目を見開いた。
「……塔?」
「高い位置に水を溜めて、自然に流すの」
「重さはあるから、頑丈にね」
「……面白いな」
木工士は、にやりと笑った。
「水が出たら、設計考えよう」
「ありがとう」
◇
準備は、整った。
後は――
「……掘るだけ」
かおりは、突き井戸の管の上に、打ち込み用のキャップを載せた。
ハンマーを握る。
「……ふぅ」
深呼吸。
そして。
ガンッ!
金属音が、澄んだ空気に響いた。
◇
ガンッ!
ガンッ!
少しずつ、確実に。
管は、土の中へ沈んでいく。
「……いい感じ」
真っ直ぐだ。
打つ。
確認する。
また打つ。
単調だが、集中を切らさない。
◇
途中、汗が額を伝う。
「……十五メートル、か」
まだ先は長い。
それでも、不思議と不安はなかった。
「生活の基盤を、作ってるんだもの」
派手じゃない。
でも、確実に必要なこと。
◇
管は、さらに地中へ。
ガンッ!
その音を聞きながら、かおりは思う。
水が出れば、世界が変わる。
出なくても、次がある。
「……まずは、一歩」
打ち込み井戸の掘削は、こうして始まった。
この一振り一振りが――
この場所を、“拠点”から“暮らしの場”へと変えていくのだと。
かおりは、まだ知らない。
だが、確かに。
この日打ち込まれた管は、
後に「最初の水脈」と呼ばれることになるのだった。




