止まらぬ高揚
この歳で、こんなに胸が躍るとは。
爺さんは、倉庫の隅で一人、小さく足踏みしていた。
周囲に誰もいないのをいいことに、ほとんど小躍りだ。
「……いかんな」
口ではそう言いながら、頬は緩みきっている。
新しい発想。
新しい魔道具。
新しい理論。
どれか一つでも、学会がひっくり返る。
それが――すでに二つ、形になっている。
「……もし、かおりがの」
爺さんは、ふと真顔になった。
「この世界の学生であったなら」
「爵位」
「名誉」
「研究費」
「……いや」
「下手をすれば、領地まで与えられる」
それほどの価値がある。
魔石を介さない明かり。
魔力を流し続ける発電という発想。
どちらも、魔術の常識を根底から覆す。
「……いかん、いかん」
杖を軽く床に打ち付ける。
「わしが浮かれてどうする」
ここは、表向き“危険な副産物処理場”。
目立ってはいけない。
知られてはいけない。
だが――
「……もう二つ、出来てしまったわ」
爺さんは、苦笑する。
抑えるつもりが、抑えきれない。
これはもう、避けられぬ流れだ。
「……もう一度、話しておくか」
王都にいる、“お友達”。
これ以上進むなら、
一人で抱えるには、危うすぎる。
◇
通信魔道具を起動する。
古いが、信頼できる一品だ。
魔力を流すと、空中に淡い光の輪が浮かび、
やがて、見慣れた顔が映った。
『……またか』
映像越しでも分かる。
相手は、呆れ半分、興味半分だ。
「悪いのぅ」
爺さんは、素直に言った。
『今度は何をやらかした』
「やらかしとらん」
「……まだな」
『“まだ”と言う時点で怪しい』
相手は、ため息をついた。
『忙しいのは分かっておるな?』
「分かっとる」
「じゃが」
爺さんの目が、子供のように輝く。
「ワクワクが、止まらんのじゃ」
通信の向こうで、沈黙が落ちた。
『……ほう』
「新しい魔道具」
「新しい理屈」
「魔術の枠に、収まらん」
『……』
「お主なら、分かる」
「聞くだけで、夜眠れんくなる」
一拍。
『……どれほどだ』
「街の灯りが、変わる」
「魔石の価値が、揺らぐ」
「魔術師の立場が、変わる」
今度は、相手が息を呑む気配が伝わってきた。
『……それは』
「そうじゃ」
爺さんは、静かに言った。
「だから、来い」
『……正気か』
「お忍びでな」
「誰にも知らせるな」
「研究員一人、行方不明になっても」
「世間は気にせん」
通信の向こうで、苦笑が浮かぶ。
『相変わらず、乱暴な誘い方だ』
「昔からじゃろ」
しばらく、沈黙。
そして。
『……分かった』
「来る」
爺さんは、心底嬉しそうに笑った。
「そうこなくては」
『だが』
相手の声が、少し低くなる。
『それほどの物なら』
『本当に、扱いを誤るな』
「承知しとる」
爺さんは、杖を握り直した。
「ここはな」
「芽吹いたばかりの場所じゃ」
「踏み荒らされる訳には、いかん」
通信が、静かに切れる。
爺さんは、しばらくその場に立ち尽くし――
そして、また小さく足踏みした。
「……いかんいかん」
だが、その顔は、どう見ても楽しそうだった。
倉庫の奥では、
かおりと弟子たちが、新しい明かりの調整をしている。
知らぬ間に、
この場所は、もう一段、先へ進んでいた。
爺さんは、天井を見上げて呟く。
「……さて」
「どこまで、行けるかのう」
その声は、不安よりも、期待に満ちていた。




