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倉庫ごと異世界転移したので、何でも屋を始めます  作者:


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噂は静かに広がる

噂というものは、不思議な速さで広がる。


誰かが大声で触れ回る必要はない。

むしろ、ひそひそと、半信半疑で語られる方が、よほど遠くまで届く。


「……なあ、聞いたか?」


街の端にある酒場。

昼下がり、仕事を終えた職人たちが、薄い酒を飲みながら顔を寄せ合っていた。


「森の奥に、妙な研究地ができたって話だ」


「研究地?」


「ああ。魔術師が失敗作を処理する場所らしい」


その言葉に、何人かが顔をしかめた。


「うわ……危なそうだな」


「だろ?」


話した男は、声をひそめる。


「使い切った魔石を、そのまま捨てると良くないらしい」


「魔力が残滓になって、悪さをするってよ」


「だから、専門の場所で“処理”する必要があるんだと」


「……へぇ」


誰かが、思い当たる節を探すように顎を撫でた。


「そういや、倉庫みたいな建物が森に出たって話は聞いたな」


「近づくな、って警備隊が言ってた気がする」


「だろ? あれだよ、あれ」


話は、そこで一度途切れる。


誰も、詳しく知ろうとはしない。

危険、という言葉が、自然と距離を作る。


「……まあ、関わらん方がいいな」


「だな」


そうして、噂は一段落した――ように見えた。



その翌日。


別の場所では、別の形で噂が動いていた。


魔道具屋の裏手。

店主と、常連の冒険者が話している。


「空の魔石、溜まってるんだがな……」


「処分に困るよな」


「街で引き取ってくれる所はないし」


そこで、冒険者が思い出したように言った。


「そういや、処理場ができたって聞いたぞ」


「処理場?」


「失敗魔法の副産物を扱う場所だってさ」


「危険物専門」


店主は、眉をひそめた。


「……金は取られるのか?」


「いや、無料らしい」


「ただし、再利用はしないって話だ」


「ふむ……」


魔石は、透明になった時点で価値がない。

それを無料で引き取ってくれるなら、悪くない。


「場所は?」


「森の奥だ」


「……遠いな」


「だが、捨てるよりはマシだろ」


こうして、実利の匂いを嗅ぎ取った者たちが、少しずつ動き始める。



一方、その噂の中心。


倉庫の拠点では、いつもと変わらぬ日常が続いていた。


「……増えたわね」


かおりは、棚に並べられた空の魔石を見て、小さく呟いた。


まだ数は少ない。

だが、確実に増えている。


「噂、ちゃんと回り始めたみたい」


「うむ」


爺さんは、頷いた。


「ちょうど良い速さじゃ」


「早すぎても、不自然」


「遅すぎても、意味がない」


「今は、皆“危険だから近寄らん”と思っとる」


「その裏で、不要な物だけが流れ込む」


「理想的じゃな」


かおりは、少し複雑な表情をした。


「……嘘、ついてるみたいで」


「嘘ではない」


爺さんは、きっぱり言った。


「危険な物を、安全に処理しておる」


「中身の話をしておらんだけじゃ」


「……そっか」


納得しきれない部分はある。

だが、理解はできる。


「最初に来るのは」


爺さんは、棚を見やる。


「捨てるに捨てられん連中じゃ」


「冒険者」


「魔道具屋」


「そして、ちょっとした小商人」


「領主の耳に入るには、まだ遠い」


かおりは、ほっと息をついた。


「しばらくは、大丈夫そうですね」


「油断するでない」


爺さんは、杖を軽く鳴らす。


「噂が広がる、ということは」


「いつか、必ず“確かめに来る者”が現れる」


「その時までに」


「ここを、“ただの処理場”として固める」


倉庫の外では、風魔法で木材が静かに運ばれていた。

生活の音が、変わらず流れている。


噂は、確かに広がっている。


だがそれは、騒ぎではない。

興味でもない。


「近寄るな」という、無言の看板。


爺さんは、倉庫の明かりを見上げて、小さく笑った。


「……上々じゃ」


時間は、稼げている。


静かに。

確実に。

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