計画を実行
朝の空気は、少し張り詰めていた。
倉庫の前で、爺さんは一通の手紙を手にしていた。
封は簡素だが、魔力で薄く印が施されている。
「これを、渡しておくれ」
差し出された手紙を受け取ったのは、街へ行く役を任されている男だ。
「おう。任された」
男は手紙を懐にしまい、肩を鳴らす。
「街に行くついでだ。何か必要な物も、帰りに買ってくるぞ」
爺さんは、少し考える仕草をした。
「そうじゃな……」
「それなら、食料品を頼むかのぅ」
「分かった。干し肉と穀物、あとは保存の利く物を中心にな」
「酒は……」
「今回はやめとけ」
即答だった。
男は笑い、頷く。
「了解。じゃあ、二日ほどで戻る」
そう言って、森の中へと消えていった。
――計画は、静かに動き出した。
◇
一方、その頃。
かおりは、倉庫の奥にこもっていた。
作業台の上には、魔力集束板。
改良中の魔力充電器。
そして、いくつかの空になった魔石。
「……やっぱり、ここが無駄ね」
指でなぞりながら、独り言を呟く。
充電自体は、できている。
だが、効率が安定しない。
「一気に集めようとすると、流れが荒れる」
「なら……」
かおりは、電線の取り回しを少し変え、集束板の配置をずらした。
「段階的に、だわ」
魔力を溜めるのではなく、
“通す時間”を伸ばす。
電気と魔力が、同時に存在する時間を意識的に作る。
「……イメージとしては」
「充電じゃなくて、馴染ませる、かな」
スイッチを入れる。
倉庫内の明かりが、僅かに揺れた。
「……大丈夫」
深呼吸し、魔石を置く。
集束板の上で、魔石が静かに光を取り戻していく。
昨日より、穏やかだ。
「……いい感じ」
かおりは、ノートに簡単な図とメモを書き留めた。
――爺さんとの約束通り、詳細な記録は残さない。
だが、考え方だけは、忘れないように。
「便利にしすぎない」
「でも、壊れない程度には、良くする」
誰に言われたわけでもない。
自分で決めた、線引きだった。
◇
昼過ぎ。
倉庫の外では、建築の音が続いている。
丸太を運ぶ声。
風魔法で木を浮かせる感嘆の声。
だが、今日はいつもより静かだ。
皆、どこか“外”を意識している。
「……噂、広まるかな」
かおりは、ふと手を止めた。
副産物処理場。
危険な研究地。
嘘だ。
でも、守るための嘘。
「……爺さん、大変だな」
自分は、作る側。
爺さんは、守る側。
役割は、はっきり分かれている。
「私は……」
「中を、ちゃんと整えよう」
その日の夕方。
改良した充電器で、三つの魔石が安定して色を戻した。
完全ではない。
だが、使い切りではない。
「……これなら」
「“処理”って言っても、嘘じゃないわね」
使い切った魔石を、再び“処理”する。
表向きには、危険を減らす行為。
実際には――
価値を、静かに延命する。
◇
夜。
倉庫の明かりが、いつも通り灯る。
爺さんは、外で空を見上げていた。
「……さて」
計画は、動き始めた。
噂は、いずれ流れる。
空の魔石は、集まる。
だが、それは表向きの話だ。
本当の狙いは――
ここが“ただの処理場”として認識されること。
「焦らず」
「目立たず」
「静かに、な」
倉庫の中から、作業音が聞こえる。
その音を背に、爺さんは小さく笑った。
「良い滑り出しじゃ」
計画は、実行された。
誰にも気づかれぬまま。
確実に、次の段階へと進み始めていた。




