ここでの決まりごと
朝だった。
倉庫の前に、皆が集められたのは。
「……なんだ?」
「爺さんが呼んだらしいぞ」
「珍しいな」
建築の手を止め、作業着のまま集まった面々を見渡し、爺さんは杖を一度、地面に打ち付けた。
「静かに」
その一言で、場が締まる。
「さて」
爺さんは、ゆっくりと視線を巡らせた。
「ここで起きておることは、普通ではない」
誰も否定しなかった。
「便利じゃ」
「快適じゃ」
「じゃがな」
爺さんの声が、低くなる。
「一歩間違えれば、首が飛ぶ」
空気が、冷えた。
「冗談ではないぞ」
「領主に知られれば、財産没収」
「場合によっては、拉致、監禁」
「最悪、戦になる」
誰かが、息を呑む音がした。
「だから」
爺さんは、はっきりと言った。
「今日から、ここには“決まり”を設ける」
杖が、再び鳴る。
「第一」
「魔石の再生、充填に関わる装置」
「これは、倉庫内のみ」
「外へ持ち出すことを、禁ずる」
全員が、無言で頷く。
「第二」
「生活魔法の応用」
「浮かせる、軽くする、効率を上げる」
「これは良い」
「だが」
「外で真似するな」
「やるなら、ここだけじゃ」
ざわりと、空気が揺れた。
「第三」
「来訪者への説明」
「この場所は」
爺さんは、少し笑った。
「“危険な魔術研究の副産物処理場”じゃ」
「……は?」
「……え?」
「その顔をするな」
「近寄りたくない場所に見せるのも、防御じゃ」
数人が、納得したように頷いた。
「第四」
「ここで得た技術を、勝手に売るな」
「売るなら、わしを通せ」
「価値を落とすか、説明できる形にする」
爺さんの目が、鋭くなる。
「第五」
「秘密を守れ」
「酒の席でも、余計なことは言うな」
「“便利”と“異常”は、紙一重じゃ」
沈黙。
爺さんは、最後にかおりを見る。
「そして」
「第六」
「お主じゃ」
「……私?」
「思いついたことを、すぐ形にするな」
かおりは、言葉に詰まった。
「一度、わしに話せ」
「危険か、隠せるか、育てるか」
「判断は、二人でする」
しばらく、誰も動かなかった。
やがて、ミリャが一歩前に出る。
「……分かった」
「守るための決まり、だな」
「そうじゃ」
爺さんは、満足そうに頷く。
「縛るためではない」
「生き残るためじゃ」
かおりは、胸の奥に小さな痛みを感じた。
作れば、楽になる。
思いつけば、便利になる。
それを――止める。
「……分かりました」
そう言って、頭を下げた。
「私、軽く考えてました」
「悪気はなかった」
「分かっとる」
爺さんは、優しく言った。
「だから、わしが居る」
「お主の“ブレーキ”じゃ」
「……頼もしいですね」
「年寄りの役得じゃ」
皆が、少し笑った。
だが、その笑いの奥には、理解があった。
ここは、特別な場所だ。
守らなければならない。
「よし」
爺さんが、締めくくる。
「決まりは決まりじゃ」
「守れる者だけ、ここに居れ」
「それでいい」
誰も、反対しなかった。
こうして。
この小さな拠点には、
目に見えない“結界”が張られた。
魔法でもなく、
道具でもなく。
覚悟という名の、結界が。




