魔術師の爺さん
さてさて――。
爺さんは、倉庫の隅に置かれた簡素な椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……どえらい事が起きとる」
誰に聞かせるでもなく、独り言のように呟く。
魔力集束板。
魔石の再生。
生活魔法と、未知の力の混在。
どれか一つでも、街で知られれば騒ぎになる。
ましてや、これが一か所に集まっているとなれば――。
「下手を打てば、戦になる」
爺さんは、苦く笑った。
「いや……戦どころでは済まんかもしれんの」
この辺り一帯を治める領主の顔が、自然と脳裏に浮かぶ。
――欲深く、面倒な男だ。
成果を横取りし、功績は自分のものにし、都合が悪くなれば切り捨てる。
魔術の価値も分からぬくせに、「力」と聞けば目の色を変す。
「今の段階で知られるのは、不味すぎる」
爺さんは、杖を軽く床に打ちつけた。
「倉庫ひとつで済んでおる間は、まだ良い」
「じゃが……」
視線の先には、建築途中の家々。
人の集まる気配。
生活が根を張り始めている。
「これが“拠点”と認識された瞬間」
「必ず、嗅ぎつける」
問題は、時間だった。
今は未開の地。
警備隊も巡回しない。
だが、開拓が進めば報告が上がる。
「……隠すか」
「……制限するか」
「……それとも」
爺さんは、目を閉じた。
最も現実的なのは――
“蓋”になること。
「わしが、ここに居る理由を作る」
魔術師が、私的研究のために滞在している。
それだけで、並の役人は近寄らん。
「……肩書きが要るな」
思考は、次々と枝分かれしていく。
・魔術研究の隔離地
・危険魔法の封印試験
・失敗作の処分場
どれも、表向きには十分だ。
「だが……」
かおりの顔が浮かぶ。
戦闘向きではない。
政治も知らん。
ただ、生活を良くしたいだけの女。
「巻き込ませる訳にはいかん」
爺さんは、静かに立ち上がった。
倉庫の外に出ると、夜の空気が冷たい。
遠くで、鶏が小さく鳴いた。
「……ここは、芽じゃ」
「踏み潰すには、惜しすぎる」
だが、守るには弱い。
だからこそ――
「外には、“危険な研究地”として見せる」
「中は、“生活の場”として育てる」
二重構造。
それが、今取れる最善策だった。
「明日から、少し動くかの」
・魔力集束板の扱いを限定
・魔石の実験は記録に残さぬ
・外部への接触は、必ずわしを通す
「……面倒な役回りじゃ」
そう言いながらも、爺さんの口元は僅かに緩んでいた。
「久々に、生きた仕事が来たわい」
倉庫の明かりを見上げる。
あの光は、魔道具ではない。
だが、確かに“人の生活の光”だ。
「……さて」
「ガメツイ領主が動く前に」
「こちらが先に、“理由”を用意するとしようか」
杖を鳴らし、爺さんはゆっくりと歩き出した。
この場所で起きている“どえらい事”を、
世界から守るために。
そして――
世界を、少しだけ良くする芽を、
静かに育てるために。




