爺さん、来訪
建築が一段落し、最低限の寝所が整った頃。
倉庫の周辺には、木の香りと人の気配が満ちていた。
風魔法の応用もすっかり板につき、重い作業ほど静かに、素早く進む。
「……落ち着いてきたわね」
かおりは、倉庫前で伸びをした。
家が建ち、鶏小屋ができ、人が住む気配が形になる。
それは安心であると同時に、責任の重さも連れてくる。
――その時だった。
「……来たぞ」
見張りに立っていた者の声が、森の方から飛ぶ。
全員が、反射的にそちらを見る。
木々の間から現れたのは、二人。
足の速いあの男と――
「……あれが、例の爺さんか」
杖を突きながら、ゆっくり歩いてくる老人。
背は低く、腰も曲がっているが、足取りは不思議と安定している。
「……雰囲気、あるわね」
かおりは、思わず呟いた。
老人は倉庫を見上げ、次に周囲の建築途中の家々へと視線を巡らせる。
「ほう……」
掠れた声。
「面白い場所じゃな」
ミリャが一歩前に出る。
「来てくれて、ありがとうございます」
「なに、久しぶりに面白い話を聞いたからの」
老人は、かおりに視線を向けた。
「……お主か」
「え、ええ。かおりです」
「ふむ」
じっと見つめられる。
その視線は、服や装備ではなく――内側を覗くようだった。
「……魔力の流れが、変じゃな」
かおりは、内心で息を呑む。
「変、ですか?」
「歪んでいる、というより……混ざっておる」
老人は、顎に手を当てる。
「この建物……」
倉庫の壁に、軽く触れた。
「魔道具でもない。だが、魔力の流れがある」
老人は、目を細めた。
「……ほう」
驚いた様子はない。
ただ、純粋に興味深そうだった。
「で、話というのは」
ミリャが、言葉を引き取る。
「魔石の件です」
老人の動きが、止まった。
「……ほう」
倉庫の中へ案内する。
作業台の上に置かれた、魔力集束板。
そして、薄く色を取り戻した魔石。
老人は、しばらく黙って見つめていた。
「……これは」
「再利用、できています」
かおりが言う。
「完全じゃないけど」
「生活魔法を応用しました」
老人は、ふっと笑った。
「なるほどのう……」
「魔石を“使う”のではなく」
「魔力が“集まる場”を作ったか」
「発想が、魔術師じゃない」
「……褒めてます?」
「褒めておる」
はっきりと言った。
「そして……」
老人は、表情を引き締める。
「これは、扱いを誤れば災いじゃ」
場の空気が、重くなる。
「わしが保証しよう」
「この話、今は広めるな」
「記録にも残すな」
「……はい」
かおりは、深く頷いた。
「だが」
老人は、にやりと笑う。
「研究は、続けるがよい」
「わしが、見張ろう」
「……え?」
ミリャが驚く。
「ここに?」
「しばらく、な」
老人は、倉庫を見回した。
「久々に、面白い“芽”を見つけた」
「枯らすには、惜しい」
かおりは、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
「……よろしく、お願いします」
「うむ」
こうして。
倉庫という異物の中心に、
魔術師という“蓋”が置かれた。
建築は進み、生活は整い、
そして――
この場所は、静かに“守られる段階”へと入ったのだった。




