夜なべして魔力集束板を作ってみた
その日の夜。
倉庫の中は、昼間と変わらず明るかった。
けれど、皆が寝静まった後の空気は、どこか違う。
「……よし」
かおりは、袖をまくった。
「夜なべ、久しぶりね」
作業台の上には、集めておいた材料が並んでいる。
木枠用の角材。
薄めの金属板。
割れてしまった魔石の欠片。
獣皮と布。
炭。
どれも、この世界で無理なく手に入るものだ。
「難しいことはしない」
「無理に吸わせない」
「集まりやすくするだけ」
それが、今回のコンセプトだった。
まず、木枠を組む。
正方形に近い形。大きさは、抱えられる程度。
「魔力が拡散しない“面”を作る」
内側に、金属板を固定する。
完全に覆わず、隙間を残す。
「反射と通り道、両方必要」
次に、炭を削り、内側の板に線を引く。
魔法陣……というより、回路図に近い。
「円、流れ、戻り」
「生活魔法が、自然に循環する形」
かおりは、線を引きながら小さく頷いた。
「うん、悪くない」
最後に、魔石の欠片を配置する。
大きさも形もバラバラな、使い道のなかった石たち。
「均等に……共鳴させる感じで」
欠片を固定し、上から獣皮を張る。
完全に覆うのではなく、呼吸できるように。
「これで、暴走はしにくいはず」
完成したそれは――
派手さはない。
魔道具のような輝きもない。
「……地味」
かおりは、正直にそう思った。
「でも、こういうのが一番安全なのよ」
試しに、作業台の上に置く。
中央には、あの透明な魔石。
「さて……どうかしら」
かおりは、椅子に腰掛け、両手を魔力集束板の上にかざす。
「生活魔法……弱く、流す」
意識を集中する。
火でも、水でもない。
ただ、魔力だけ。
数秒。
……何も起きない。
「まあ、そうよね」
焦らない。
これは、即効性を求める装置じゃない。
「……でも」
その時。
「……ん?」
空気が、少しだけ変わった。
重くなるわけでも、寒くなるわけでもない。
ただ――
「静か、になった?」
倉庫の中の“ざわつき”が、ほんのわずかに減った気がした。
魔石に目を向ける。
透明なまま。
だが、中心にごく薄い影が見える。
「……気のせい?」
かおりは、魔力を流すのを止めた。
それでも、集束板の周囲は、どこか落ち着いている。
「……溜まってる?」
はっきりとは分からない。
だが、確実に“何か”が起きている。
「一晩、置いてみましょ」
かおりは、集束板を作業台の隅に移動させた。
「急がない」
「夜なべは、ここまで」
椅子に座り、伸びをする。
「……何でも屋が、魔力装置作ってるなんてね」
少し笑って、明かりを落とす。
――翌朝。
「……え?」
かおりは、思わず声を漏らした。
作業台の上。
魔力集束板の中央に置いていた魔石が――
ほんのりと、赤く色づいていた。
鮮やかではない。
昨日より、ほんの少し。
「……成功、よね?」
指で触れる。
熱はない。
不安定な感じもない。
「……じわじわ、か」
胸の奥が、静かに高鳴る。
「派手じゃない」
「でも……これでいい」
誰にも気づかれず。
壊れもせず。
魔力が、少しずつ集まる。
「これは……倉庫向きだわ」
かおりは、集束板を見つめた。
革命じゃない。
奇跡でもない。
けれど――
確実に、世界の隙間を突く“道具”が、今ここにあった。
「……よし」
「次は、色々と場所を変えて置いてみようかしら」
そう呟いた声は、
誰にも聞かれないまま、明るい倉庫に溶けていった。




