魔石実験
翌朝。
倉庫の中は、いつも通り静かだった。
だが、かおりの頭の中は忙しい。
「……やってみるしか、ないわよね」
作業台の上には、昨夜ミリャからもらった透明な魔石が一つ。
完全に色を失い、ただのガラス玉のように見える。
「魔力を使い切ったら終わり、捨てる」
この世界では、それが常識だ。
「でも……」
指で転がしながら、かおりは考える。
「これ、空になっただけじゃない?」
倉庫の電気。
生活魔法。
そして魔石。
全部「エネルギー」だ。形が違うだけで。
「乾電池だって、空になったら終わりって言われてた時代があったのよ」
かおりは立ち上がり、倉庫の棚から工具を取り出した。
小さな金属板。
導線。
簡易のスイッチ。
絶縁用のテープ。
「いきなり強く流すのは……危険」
慎重に、慎重に。
「低電圧、低電流。ゆっくり」
魔石を挟むように金属板を配置し、導線で電源に繋ぐ。
だが、スイッチはまだ入れない。
「……電気だけだと、拒否される気がするのよね」
そう呟いて、かおりは魔石を両手で包み込んだ。
「生活魔法……」
ミリャに教わった通り、意識を集中する。
火でも、水でもない。
ただ、魔力を“流す”イメージ。
「……通り道を、作る感じ」
微弱な魔力が、指先から魔石へと染み込む。
「今……」
カチリ。
スイッチを入れた。
最初は、何も起きない。
「……やっぱり、ダメ?」
だが、次の瞬間。
「……ん?」
魔石が、わずかに震えた。
「え……?」
さらに数秒。
透明だった石の中心に、
ほんのりと色が戻り始めた。
「……赤?」
淡い、淡い色。
以前の鮮やかさには程遠いが、確かに“色”だ。
「……来た」
かおりの声が、震える。
「やっぱり……!」
だが、その直後。
パチッ。
小さな音と共に、導線の一部が焦げた。
「っ!」
即座にスイッチを切る。
魔石は、それ以上変化しなかったが――
色は、消えなかった。
「……成功?」
完全ではない。
でも、確実に“再生”している。
「これ……充電、できてる」
その時。
「……何をしている?」
背後から、低い声。
振り返ると、ミリャが立っていた。
「あ、ミリャさん……」
「それは……魔石か?」
「ええ。透明になったやつ」
ミリャは、作業台を覗き込む。
「……色が、あるな」
「少しだけね」
かおりは、正直に説明した。
「電気と、生活魔法を一緒に使ったの」
「でんき……?」
「この倉庫の力」
ミリャは黙り込む。
「……魔力だけじゃない、ってことか?」
「ええ。多分」
かおりは魔石を持ち上げる。
「これ、魔力を“溜める器”なのよ」
「空になったら終わりじゃない」
「別のエネルギーを、条件付きで入れられる」
ミリャの目が、見開かれる。
「……そんな話、聞いたことがない」
「でしょうね」
かおりは苦笑した。
「私の世界でも、最初はそうだったから」
ミリャは、しばらく魔石を見つめていた。
「……どれくらい、使える?」
「多分……三割くらい」
「完全回復は、無理そう」
「それでも……」
ミリャの声が、低くなる。
「捨てていた物だぞ」
「子供の玩具にしていた石だ」
「それが……もう一度、使える」
かおりは、はっとする。
「……そんなに、価値があるの?」
ミリャは、静かに頷いた。
「魔石は、資源だ」
「再利用できるなら……」
言葉を切り、ミリャは真っ直ぐにかおりを見る。
「これは、広める話じゃない」
「少なくとも、今は」
かおりも頷く。
「分かってる」
「危険もあるし、制御も必要」
「何より……」
魔石を見る。
「私一人で、どうこうできる話じゃない」
ミリャは、少しだけ笑った。
「……やっぱり、お前は」
「戦闘向きじゃないが」
「厄介な女だな」
「褒めてる?」
「ああ」
その日の実験は、それ以上進めなかった。
だが、確かな手応えだけは残った。
倉庫の明かり。
生活魔法。
魔石。
三つが交わる場所に、
この世界の“当たり前”を揺るがす可能性が眠っている。
かおりは、透明になりきれなかった魔石をそっと箱にしまった。
「……ゆっくり、だね」
革命は、一気に起こすものじゃない。
何でも屋は、
まず安全第一なのだから。
静かな倉庫の中で、
新しい常識の種が、確かに芽吹き始めていた。




