その日の夜
建築作業は順調だったが、その日の夜は全員で倉庫の中で過ごすことになった。
丸太や資材が片付けられた一角に、簡易の寝床が並ぶ。焚き火は使わず、扉も閉めている。それでも、倉庫の中は――
「……明るいな」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「夜、だよな?」
「外は真っ暗だぞ?」
皆が天井を見上げる。
蛍光灯の白い光が、倉庫全体を均一に照らしていた。影が少なく、隅々まで見通せる。
「この建物の中、明るすぎじゃないか?」
「目が慣れねえ」
「昼間みたいだ」
かおりは少しだけ胸を張る。
「電気、だからね」
「……でんき?」
聞き慣れない言葉に、皆が首を傾げる。
「この世界での明かりって、何を使うの?」
ミリャが答える。
「普通は、蝋燭か……魔石を使った魔道具だな」
「魔道具でも、こんなに明るくはならん」
「せいぜい、部屋の端が見えるくらいだ」
かおりは興味深そうに身を乗り出した。
「魔石?魔道具?」
「魔石はな」
ミリャは腰袋から、小さな布袋を取り出す。
「魔物の中にある石だ」
袋を開くと、掌に収まるほどの石が現れた。
赤い、半透明の石。
「……きれい」
「赤は火系だな」
「これを、魔道具に嵌め込んで使う」
「火を起こしたり、温めたり、明かりにしたりだ」
「なるほど……」
かおりは、じっと石を見る。
「これは、ずっと使えるの?」
ミリャは首を振った。
「いや。魔力を使い切ると、透明になる」
「透明?」
ミリャは、今度は別の石を取り出した。
色の抜けた、完全に透明な石。
「……これが使い終わりだ」
「え、それで終わり?」
「おう」
「じゃあ、その後は?」
「その辺に捨てたり」
「子供が拾って、遊び道具にするな」
「机の上に置いて、弾くんだ」
かおりは目を瞬かせる。
「……おはじき、みたいな?」
「それだ」
思わず笑みがこぼれる。
「ねえ」
かおりは、透明な魔石を指差した。
「それ、私にくれる?」
「ん?いいぞ」
ミリャは、気軽に手渡した。
「どうせ、もう使えん」
かおりは受け取り、両手で包むようにして眺める。
透明な石。
中に、何かがあった痕跡だけが残っている。
「……」
皆が談笑を再開する中、かおりだけは真剣な顔になっていた。
「乾電池……みたいね」
「でんち?」
「ううん、独り言」
魔力を使って、空になる。
空になったら、捨てる。
「……もったいない」
指先で、そっと石を転がす。
「これ……充電みたいに、できないかしら?」
誰にも聞こえない声で、呟いた。
電気。
魔力。
エネルギー。
性質は違う。でも、役割は似ている。
「もし、再利用できたら……」
明かり。
道具。
生活。
この倉庫の電気と、魔石。
二つの世界の仕組みが、かおりの頭の中で、静かに繋がり始めていた。
倉庫の灯りは、変わらず明るく。
その夜、誰も気づかないところで。
異世界の常識が、一つ、揺らぎ始めていた。




