倉庫があれば生きていける?
倉庫のドアを閉めたあと、かおりは深く息を吐いた。
動悸はある。混乱もしている。それでも、泣き叫んだり座り込んだりしなかったのは、長年の仕事癖のせいだろう。トラブルが起きたら、まず確認。次に対処。それが何でも屋の基本だ。
「……最低限だけ、外を確認しよう」
再びドアを開ける。森の空気が流れ込む。湿り気を含んだ風、鳥の鳴き声、遠くで葉が擦れる音。危険な気配は、今のところ感じない。
かおりは倉庫の周囲を半径十メートルほどだけ歩いた。建物は完全に孤立しているが、地面は比較的平坦だ。踏み固められた獣道らしき跡もある。
「……人、いる可能性はあるわね」
それ以上、森の奥へは行かない。無理はしない。ここはもう自分の知っている世界ではないのだ。
倉庫へ戻ると、次に確認すべきものは決まっていた。
「水と……電気」
まずは水道。半信半疑で蛇口をひねると、勢いよく水が流れ出した。
「……出る!?」
透明で、匂いもない。念のためコップに汲み、しばらく観察してから口をつける。問題ない。
「なんで……?」
理由は分からないが、使えるなら使う。それが現場の判断だ。
次は電気。倉庫内のブレーカーを確認し、照明スイッチを入れる。
ぱちり。
蛍光灯が、いつも通りに点いた。
「……普通に使えるんだけど」
電力会社も、送電線も、ここには存在しないはずなのに。考え始めると頭が痛くなる。
「後回し。今は生きる方が先」
かおりはそう割り切った。
次は、もっと重要な問題だ。
「食料……あったはず」
倉庫の一角、防災用品の棚へ向かう。そこには、段ボール箱がいくつも積まれていた。
水、乾パン、アルファ米、レトルト食品。
元々は、店と従業員用に備蓄していた防災食だ。ただ、賞味期限が近づき、廃棄予定だったものを、かおりが倉庫へ回収してきた。
「……廃棄前で、助かった」
箱を開け、中身を確認する。数を数え、メモを取る。
「一人なら……しばらくは大丈夫ね」
無限ではないが、即座に飢えることもない。水も電気も使えるなら、簡単な調理も可能だ。
かおりは腰を下ろし、倉庫の中を見渡した。
在庫、工具、部品、防災食。
ここは、ただの倉庫じゃない。
「……これ、拠点としては最強では?」
思わず苦笑が漏れる。
状況は異常だ。けれど、条件は悪くない。いや、むしろ恵まれている。
「よし。方針決定」
声に出して宣言する。
「ここを拠点にして、生き延びる。無理はしない。人がいたら、何でも屋として関わる」
何でも屋は、困りごとがあって初めて成立する商売だ。
この世界に困っている人がいるなら、きっと仕事はある。
かおりは立ち上がり、棚の一つに新しい紙を貼った。
『異世界暫定拠点・倉庫』
「……うん。悪くない」
そう呟いて、彼女は次の行動を考え始めた。
倉庫ごと異世界転移した何でも屋は、こうして静かに動き出した。




