設計図を書きますか
「……よし」
かおりは、大きく息を吐いた。
倉庫の作業台に、板を広げる。紙の代わりだ。炭と木炭を削った即席の筆記具を手に取る。
「設計図、書きますか」
何でも屋人生の中で、ここまで本気の設計は久しぶりだ。
「まずは……ミリャさんの家から」
解体作業場付き。
「ジビエを解体する感じでいいのよね?」
頭の中に、以前見たことのある施設が浮かぶ。
「水が使えて、血や脂が流れやすくて」
「床は土じゃなくて、板張りか石敷き」
「屋根は欲しいけど、壁は半分くらいでいい」
炭で線を引く。
「半屋外。換気最優先」
解体台は中央。フックを天井から下げて吊るせるようにする。
「……うん。これなら臭いも籠らない」
居住部分は、その奥に小さく。
「寝るだけだから、広さは控えめでいいわね」
次。
「鍛治士さん」
家と作業場は、完全に分ける。
「火の粉、熱、音」
全部、生活スペースには向かない。
作業場は土間。炉と送風口。煙突は高く。
「風魔法を使えば、送風は補助できるかも」
居住スペースは、簡素でいい。
「台所小さめ、寝室一つ」
炭を止めて、少し考える。
「……薪焚き兼用の風呂釜」
全員に付けるか?
「これ、鍛治士さんなら作れる?」
頭の中で構造を組み立てる。
「簡易なら……いけるわね」
「風呂と給湯を兼ねる」
「共通規格にすれば、量産も可能」
メモを追加する。
「次、木工士さん」
加工場は、とにかく広め。
「丸太を広げられるスペースが必要」
「木屑が舞うから、居住区とは壁で分離」
「外と中を行き来しやすく」
「乾燥用の棚も欲しいわね」
描きながら、少し楽しくなってくる。
「……何でも屋、楽しい」
次は、洋裁さん。
「布仕事は、光が命」
窓を多めに取る。
「北向き?いや、この森だと南側の方が安定か」
「作業台を中央に」
「布を広げるから、天井も高め」
居住スペースは、その隣。
「清潔第一」
「湿気は大敵だから、床上げ必須」
そして、全員共通の設備。
「薪焚き兼用風呂釜……付けたいわね」
「水は……倉庫の配管を分岐できるか」
「距離によっては、追加工事が必要」
「トイレは……」
炭を止める。
「……後で考えるか」
一瞬、現実逃避した。
「優先度は低くないけど、今は後回し」
図面を並べる。
それぞれ違う。でも、拠点としての統一感は持たせたい。
「配置も考えないと」
解体場は風下。
鍛冶場も同じ。
洋裁と住居は風上。
「臭いと音、大事」
気づけば、周囲は静かだった。
「……あ」
いつの間にか、ミリャと数人が後ろに立っている。
「真剣だな」
「そりゃそうよ」
振り返らずに答える。
「人が住む場所だもの」
ミリャが、炭で描かれた図を見る。
「……分かりやすい」
「本当?」
「俺にも、使う時のイメージが浮かぶ」
それは、最高の評価だった。
「よし」
かおりは、炭を置いた。
「明日から、順番に建てましょう」
「材料も、人手もある」
「時間も、少しはある」
森の中、即席の設計図の上で。
新しい暮らしが、線から形へと変わろうとしていた。




