ミリャの心配
焚き火の火が、静かに揺れていた。
作業が一段落し、仲間たちは倉庫から少し離れた場所で休憩を取っている。空はまだ明るいが、森の奥は早くも影を濃くしていた。
ミリャは焚き火の向こうに座る仲間たちを見渡し、ふと口を開いた。
「なあ……みんなよ」
「ん?」
「どうした」
ミリャは顎で、倉庫と建築中の家の方を示す。
「あの発想、凄くないか?」
一瞬の沈黙のあと、誰かが苦笑した。
「……凄いな」
「生活魔法を、あそこまで便利に使うとはな」
「正直、考えたこともなかった」
別の者が頷く。
「風魔法は、戦闘か移動補助が主だと思ってた」
「物を浮かせて運ぶ、って発想自体が無かった」
「俺たち、魔法を“使い慣れてるつもり”だっただけかもな」
ミリャは小さく鼻を鳴らした。
「だよな」
少し間を置いて、声の調子を変える。
「……それだけじゃない」
仲間たちの視線が、ミリャに集まる。
「最初はよ、たまに様子を見に来りゃいいか、って思ってた」
「俺もだ」
「ここは森の奥だしな」
「でも……」
ミリャは焚き火を見つめながら、言葉を選ぶ。
「かおり一人だと、不味いよな?」
空気が、少し重くなった。
「……確かに」
「目立ちすぎる」
「便利な物、変わった技術……噂になりゃ、面倒な連中も寄ってくる」
「領主の耳に入る前に、他の貴族が嗅ぎつける可能性もあるな」
「戦闘向きかって言われると……」
誰かが肩をすくめた。
「正直、向いてるとは思えん」
「頭は回るが、前に出るタイプじゃないな」
ミリャは、静かに頷く。
「だよな……」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
「……隣に住もうかな」
その一言に、何人かが目を丸くした。
「は?」
「ミリャがか?」
「おう」
ミリャは、あっさりと答えた。
「どうせ、俺の仕事は森の見回りだ」
「なら、ここに拠点を置いても変わらん」
「テント暮らしも悪くはねえが……」
視線を、建築中の家に向ける。
「ちゃんとした場所があるのも、悪くない」
「本気か?」
「本気だ」
少し笑って続ける。
「かおりも、悪い奴じゃなさそうだしな」
「変なところはあるが」
「……戦闘に向いてるとも思えんし」
「だからこそだ」
ミリャは、仲間を見回した。
「俺がついてりゃ、心配は減るだろ?」
一人が、納得したように頷く。
「確かにな」
「お前が近くにいれば、そう簡単には手を出せん」
「抑止力にはなるな」
しばしの沈黙のあと、別の声が上がった。
「……ならさ」
「ん?」
「お前の家、かおりに設計してもらえばいいんじゃねえか?」
ミリャは一瞬きょとんとし、それから笑った。
「それ、いいな」
「だろ?」
「変わった建物だが、住みやすそうだ」
「俺たちも、ついでだ」
「柵の外に小屋建ててもいい」
「当番制で見回りできるしな」
次々と声が重なる。
「手伝うぞ」
「どうせ、しばらくここにいる予定だ」
「面白そうだしな」
ミリャは、焚き火の向こうで笑った。
「決まりだな」
立ち上がり、軽く背伸びをする。
「明日、かおりに話してみる」
「驚くだろうな」
「まあな」
「でも……」
ミリャは、倉庫の灯りをちらりと見る。
「一人で放っておくより、ずっといい」
仲間たちは、静かに頷いた。
森の中に、新しい拠点が生まれようとしている。
それは偶然の出会いから始まり、少しずつ人が集まり、形になりつつあった。
焚き火の火が、小さく揺れる。
ミリャの胸の奥には、奇妙な安心感が芽生えていた。
――守る価値がある場所だ。
そして、守るべき人物が、そこにいる。
その確信だけは、もう揺らがなかった。




