設備は先に
建築作業は、順調に進んでいた。
柵はすでに形になり、家の骨組みも立ち上がっている。丸太が組まれ、床の高さも決まった。あとは壁と屋根、内装だ。
「……その前に」
かおりは、建築中の家の中を見渡した。
「ユニットバスとトイレ、先につけておこうかしら」
住む場所を作る以上、ここは妥協したくない。後から設置するより、今の段階で組み込んだ方が楽だ。
倉庫に戻り、設備置き場を確認する。
「確か……あったはず」
棚の奥から引き出したのは、未使用のトイレ一式。
「……そうそう」
思い出して、思わず苦笑する。
「来週、近所のおばちゃんに頼まれて取り付ける予定だったのよね」
型式を間違えて仕入れてしまい、本来使うはずのものと、返品予定のものがそれぞれ一つずつ。
「一個……ありがたく使わせてもらうわ」
誰に謝るでもなく、心の中で手を合わせる。
次は、ユニットバス。
「さて……」
これが一番重い。
以前は人力ではどうにもならなかった代物だが、今は違う。
「まずは……風魔法でっと」
指先に魔力を集め、意識を下へ向ける。
床とユニットバスの間に、均等な風を流すイメージ。
ふわり、と。
ユニットバスが静かに浮いた。
「よし」
そのまま、ゆっくりと建築中の家の方へ移動させる。
「……」
その様子を、たまたま近くにいたミリャが見ていた。
「……何だ、それは?」
動きを止めずに答える。
「ユニットバス」
「……?」
「お風呂よ」
一拍の沈黙。
「いや、そこじゃない!」
ミリャが声を上げる。
「風魔法で……浮かしているのか!?」
「そうだけど?」
「そっちか!?」
完全に理解が追いついていない表情だ。
「物を運ぶのに、便利でしょ?」
「便利とかいう次元か……」
ミリャが固まっている間に、ユニットバスは所定の位置に収まった。
魔法を解き、床に設置する。
「はい、設置完了」
「……」
ミリャはしばらく、無言でそれを見つめていた。
「……お前の世界では、皆こうなのか?」
「ううん。これは私の発想」
「だろうな……」
どうやら、相当な衝撃だったらしい。
その様子が目に留まり、他の者たちも集まってくる。
「どうした?」
「何かあったのか?」
ミリャが指差す。
「見ろ」
再度、かおりはトイレの設備を浮かせてみせた。
「風魔法で……物を浮かせてる?」
「へぇ……」
獣人の一人が、感心したように唸る。
「その発想は無かったな」
「俺、風魔法得意だから……ちょっとやってみていいか?」
「どうぞ。ただ、下から支えるイメージで」
「下から……」
男は真剣な顔で集中する。
しばらくして。
「……お?」
木材が、少しだけ浮いた。
「おお!」
周囲から声が上がる。
「できた!」
「慣れれば、重い物ほど安定するわよ」
「……これは、便利だな」
男は何度か試し、すぐにコツを掴んだ様子だった。
「柵の材料、これで運べば楽だぞ!」
「屋根材もだな!」
一気に、現場の空気が変わる。
魔法は戦うためだけのものではない。
生活と労働を楽にする道具だ。
「……そういう使い方も、あるんだな」
ミリャが、ぽつりと言った。
「でしょ?」
かおりは、軽く笑う。
「魔法も、道具も、使い方次第よ」
その日以降、現場では風魔法が頻繁に使われるようになった。
重い物は浮かせ、位置を合わせ、静かに下ろす。
作業効率は、目に見えて上がった。
「……いい流れね」
家の中に設置されたユニットバスとトイレを眺めながら、かおりは満足そうに頷いた。
生活は、戦いよりも先に整える。
それが、この異世界で生きていくための、かおりなりのやり方だった。




