いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪ その10
その日。
穏やかな日和で暖かな風が吹く中で、アルリビドの戴冠式が行われた。
謁見の間と隣接する広間を開放した、とても広々とした空間で、殆どの貴族家が集まり頭を垂れ忠誠を誓ったのだ。
参加できなかった貴族家は、何らかの粛清を受けており、登城できる状態ではなかった。
その後。
王城の広いバルコニーで、集まった民衆に手を振る彼の目には、強い決意が宿っていた。
(この期待を裏切らぬよう、今以上に懸命に生きよう)
そして彼のすぐ後ろには、ジョルテニアが宰相として復職し控えていた。
国民達の生活は困窮していたが、新しく王となるアルリビドへの期待で、人々の表情は明るかった。
今の彼には前国王の兄弟や、有力な貴族が味方につくことを知り、国の再建が進むことも期待されていた。
暴動もなく祝福され、暖かい雰囲気の中、アルリビドは国王に就任の報告をしたのだった。
「みんな集まってくれてありがとう。これからも全力を尽くしていくので、力を貸して欲しい」
「「「おめでとうございます、新国王様。私達は貴方と共に生きていきます。今までのことも感謝しております!」」」
「私達も頑張ります」
「これからが楽しみです」
「期待しております」
「「「「万歳! 万歳! 万歳!!!!!」」」」
多くの歓喜の声があがり、賑やかに戴冠式を終えたのだった。
◇◇◇
その裏で淡々と断罪が進んでいく。
まずは横領に関わった貴族。
少額であった者は、横領分を返還させて役職を解いた。
傷は少ないような気もするが、不祥事は記録に残る為、名誉は失墜することになった。
返り咲くには相当な評価が必要になる。
子息のみならず、血の近い親族もこれから苦労を強いられるだろう。
そして悪質な横領の場合。
代々汚職に手を染めてきた貴族家は、横領額が全資産をもってしても足りぬ為に、爵位や土地等財産の全てを手放すことになる。
不足分は労働刑になるが、アルリビドはその労働刑分をなしにすることにした。
「ここまで増長させてしまったのも、両親のせいでもあります。だからこそ、今度は間違えないで生きて下さい」
そう言って平民になる彼ら(その貴族と家族)に、住む場所を与えた。
それはかつての元アマニ伯爵領。ラミュレンの生まれ故郷である。
あの魔獣蔓延る狂った場所に、アンディはラミュレンが力を注いだ土を持ち込み、街一つ分の正常化を図った。
その土地周辺にも浄化魔法をかけ続け、効果の持続を今も続けている。次第に穢れは薄まり土地に実りももたらされるだろう。
その場所は、レラップ子爵領の子供達専用の修行場になっていた。
そこには学校が一つと、自分達で家事をする寮のような建物が複数点在していた。
空間転移ができる者は数が少ない。
だからこそ一度送り込んだ者が、数日修行する場所を作ったのだった。
教育される子供とその教育者、魔獣を狩りに来るレラップ子爵領に住む大人の冒険者と、何かあった時の監視を兼ねた始末役の責任者数人が泊まる寮。
空間転移魔法は、熟練した者なら5人を運べるまでになった。剣技や魔法の訓練で瀕死となった者は、瞬時にラミュレンのところに連れて行き、回復を図れるように手配しているのだ。
その元アマニ伯爵領の浄化されて広がった土地と、そこに泊まる者への寮の管理が、平民になった貴族達の仕事場となる。
アンディはジョニー経由で、アルリビドからこの話を聞いた時、
「甘ぁ~~い! そんなの反省しないんじゃない?」と、ふて腐れた顔で言い返した。
けれどアルリビドは退かなかった。
「頼みます、アンディ殿。彼らもまた試練となります。せめて一度はチャンスを与えて欲しいのです。彼らも私の守る国民ですから。どうか」
頭を下げる彼に、アンディは渋々頷いたのだ。
「しょうがないね、国王に頼まれたんなら。でも裏切る者がいたなら、それは僕の好きにさせて貰うから。それだけは譲れないからね」
アルリビドはそれで良いと言う。
「ありがとう、感謝します。さすが頼りになる最強の魔法使い殿だな」
年近い者に褒められるのは、むず痒いアンディ。
彼はオーロラ王女との婚約話があった時、唯一止めてくれた王族だった。
「彼に愚かなオーロラを押し付けるなんて止めて下さい。彼はこの国を背負う優秀な人間です。オーロラ等に足を掬われて良い筈がありません!」
あえて妹である王女を下げ、国王夫妻に苦言を呈してくれていた。それもアンディの目前で。
オーロラに自分の行いを反省して貰いたい願いもあったが、その反面怒らせることで婚約話をなかったことにしようとしたのだ。
国王夫妻に愛されている彼女は、苦言に馴れていない。言った教育係や侍女達は、悉く城を追われていたから。
結果。
王女も国王夫妻も怒ったが、アンディの婚約話はうやむやになり、後に税金上乗せ事件によりその話も流れていたが。
けれどアンディは、そのことを忘れてはいなかった。
まあ、止めてくれたのを嬉しく思っていたのだ。
アンディは29歳で、アルリビドは33歳。
その婚約話の当時は、アンディ14歳でアルリビドは18歳。
年近い王子と侯爵令息はそれなりに交流があり、当時のアルリビドは生真面目で根回しの下手な男であった。
今回のように多くの貴族に話をつけながら、証拠を積み上げる器用さは持っていなかった筈だ。
(仲間と協力したのだろうな。彼一人ではただ正論を述べて、それを国王の圧力で退けられて終わっていただろうから)
そんな遥か昔と今を比べ、彼の決意と苦労を思いつつ見直すことになった。
少しなら協力してやるかと。
アンディの関心が向くのは稀なことだ。
それは同時に、彼の懐に入ったことになる。
「まあ国王。僕のことは殿とかいらないから。アンディで良いよ。貴方に免じて手伝うことにするから」
態度の砕けたその様子に、アルリビドの緊張が緩んで声が紡がれた。
「ありがとう、アンディ。じゃあ私のことも、アルリビドと呼んでくれ。公の場でなければ、敬称はいらないから」
アンディは軽い口調で分かったと頷く。
「じゃあさ。アルリビドって言いにくいから、アルで良いか?」
「ああ、勿論だ。よろしくな」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
元より王族を敬っていないアンディだから、あっさりとしたものだった。もう敬語さえ使わなくなり、彼の父であるトリニーズが慌てるほどに。
「あ、アンディ。いくらなんでも、それは……」
「何? 何か、駄目だった?」
それを見て笑うアルリビドは、トリニーズに良いんだと伝えた。
「フフッ。それでこそアンディだよ。若い頃に戻ったみたいな気分だ。クフフッ、ハハッ」
どうやらツボに入ったようで、しばらく笑っていたアルリビドにトリニーズも諦めた。
「申し訳ありません、アルリビド様。困ったところもありますが、頼れる奴ですので。はぁ」
それを見てアンディはまた「お父様、ため息は幸せが逃げるとメロウが言ってましたよ」と、的外れなことを言うので、トリニーズは苦笑し「ああ、そうだな。気を付けよう」と答えた。
それを見てさらにお腹を抱えるアルリビドに、宰相に戻ったジョルテニアも微笑むのだった。
◇◇◇
そう言う訳で。
横領で家が潰れた貴族家は、元アマニ伯爵領の浄化されている部分の土地へ送られた。
そこにはレラップ子爵領の魔法使いが、バリアーを展開しているので、魔獣や猛獣は侵入できないようになっている。
アンディは弟子達を連れて、新しく従業員寮を作った。幼い子のいる家族用に、部屋数の多い部屋の寮も別に建てた。
元貴族家の住む場所にする為に。
でも彼らはもう平民となっているので、仕様も平民用に作られており、簡素なものである。
魔法使い達の技術が集結しており、造りはしっかりしているし、水だけは自動で出る仕組みになっている。
川のある地はまだ未浄化であり、危険だからである。
けれど川を浄化してしまうと、それを飲んだ他の場所にいる魔獣が消滅あるいは縮小してしまい、狩れる魔獣が減る危険性が出てくるのだ。
今のアンディ達なら、丸ごと元アマニ伯爵領を浄化できるが、それをするつもりはない。
ここは彼らの修練の場であるし、昔の状態に戻した女神の意思にも反する気がした。
もうここに居座っている状態で、何だかな的なところもあるが、それはそれである。
けれど水以外は普通の寮である。
1年間は食材と調味料を援助するが、それ以降は給料から天引きされることになる。
魔法の使えない元貴族達は、掃除、洗濯、家事を自分達で熟し、なおかつ仕事として子供達の寮や冒険者の寮の、メイドや給仕をして給金を稼ぐことになる。
今までその仕事は、共に付いて来ていた大人がしていた(冒険者は自分達でしていた)が、徐々にそれを元貴族達に任せることにしたのだ。
レラップ子爵領の子供達は知らないが、大人達は事情を知っているので、出来ないのを前提で見守ることにしている。
身の回りのことを、全て使用人に行って貰っていた彼らが、どこまで出来るかは分からない。
けれど彼らは、驚くほどの温情がかけられていることを知っている。
当主や多くの罪に関わった側近達は本来、多くが鉱山に送られ、数年で命を落とした筈である。
残された家族も身一つで邸より出され、生家に戻れる者は僅かで、戻っても針のむしろであろう。
戻れぬ者は市井で低賃金で働く、拐かされたり騙されて身を売られる、満足に働けず身を売る等、お先真っ暗である。
もし悪事を犯した貴族だと知られれば、家を追われたり暴力を受けることもあるだろう。
ただでさえ何もできない元貴族など、すぐに身元はバレてしまいがちだ。
そんなことは、想像に難くないことだった。
勿論境遇に不満のある者もいるだろうが、大半は感謝していた。
また状況が理解ができない子供達も、成長することで何れ分かることだろう。
そんな彼らの教育係の一人が、アズメロウの母であるモモである。
現子爵夫人だが元平民の彼女だから、家事は得意中の得意である。
普段は侍女達の仕事を邪魔しないが、災害時の炊き出しでは大活躍していた。
「さあ、出来ないのは当たり前ですので、頑張ってやってみましょう」
「「「「はい、お願いします!!!」」」」
モモは彼らを励まし、分からない部分には寄り添いながら導いていく。
貴族達はモモが元平民だと知っていたが、今の彼女の振る舞いは真にもって高位貴族の様に優雅であった。
指先の動き一つ、言葉づかいも美しい。その容貌も50歳を越えているとは思えないほどの若々しさだ。
彼女に従い失敗しながらも家事を熟していく彼らは、四苦八苦しながらも日毎に充実感を得ていた。
そして以前に自分に仕えてくれていた、使用人達の素晴らしさに気付くのだった。
仕事を覚えた者から、子供達の寮や冒険者の寮へ仕事をしに行くことになる。
子供や冒険者の寮には毎日人がいる訳ではなく、不在時は掃除だけをすることになる。
まずは掃除の状態を確認し、出来れば今後も任せ、不備があれば再指導するのだ。
料理にしてもまずは元貴族達の寮の食事を作らせ、モモや主婦達が採点をする。あるレベルに達するまでは、指導が続く。
かと言って子爵夫人のモモが、ずっとここにいる訳ではない。ジョニーが寂しがるのもその一因だったが。
特に食事面では入寮当時から、包丁を持ったことのない彼らに、レラップ子爵領から婦人達が交代で料理面を指導していた。度重なる困難を乗り越えてきた、歴戦の婦人達は平民が多いが、元貴族達に怯むことはない。
たぶん彼らが貴族のままであっても、教え方に忖度はしないであろう。
最初は貴族の生活から今の生活に馴れるのに大変だった彼らも、次第に受け入れることができていった。
元アマニ伯爵領にいる元貴族には、学問に精通した者が多くいた。その中から教師の素質のある者を、モモ達が数名選定し学校の教師にした。
元々あった学校は、時々アンディが座学を教える時に使っていたものだった。
今そこは、元貴族達の子供達とアンディが連れて来る子供達に学問を教える場になっていた。
アンディ達が連れて来る子供達は、魔獣狩りがメインだが、時々ここの学校に訪れて礼儀作法などを教えて貰っている。
辺境にあるレラップ子爵領や辺境伯領地には、貴族の数が少ない。危険で田舎だから、高位貴族など近寄らなかったから。
けれど現在のレラップ子爵領は多くの商品を産み出し、商売にも力を入れている為、礼儀作法を教える者はジョニー達も望む人材だった。
通いで来ている子供達が、ある程度覚えることが出来れば、その教師をレラップ子爵領へ引き抜こうと思っている。
現実問題として。
元アマニ伯爵領地にいる者達に、罪を課していない。
取りあえずの生活の為に、彼らを移動しただけである。
そこならば彼らを知る者はおらず、蔑んだ目を向けられないだけ良かったと思う。
けれど生活力が付いたならば、出ていくのも自由だ。元アマニ伯爵領のことは、話せないように魔法契約をすることになるが、他は普通の平民として暮らせる。
元騎士は冒険者になっても良いし、そこに住んでも良い。他の領地にだって移動できるのだ。
その点でレラップ子爵領は魅力に欠ける地かもしれないが、恩義を感じる者達は教師になることを断らないだろう。
◇◇◇
そんな感じで元貴族達は、今後の身の振り方を考えながら懸命に生きていく。留まるのも出ていくのも自由だが、どうしても悪事から足が洗えない者も中にはいた。
出ていった者の中から、もう貴族ではないのに貴族のふりをして、平民を脅して金を奪う者や女性にいやらしいことをしようとした者も現れた。
彼らの動向は、尾行の練習としてアンディの弟子達が把握し、当然ながらそれを邪魔した。
その報告を受けたアンディは、弟子や弟妹弟子らと相談し、どう仕切るか決めていった。
「ハイハイ! 私は土に還すのが良いと思います。権力を偽ってセクハラとか最低なんですけど! せめて権力があったら慰謝料を引くほど取れたけど、それもできないし」
「はい、先生。俺は農耕馬にして働かせるのが良いと思います」
「僕はネズミにして、野に放ちたいです。せめて食物連鎖に貢献させる」
「私は鉱山に送れば良いと思います。きっとアルリビド様の温情に、涙を流して後悔すると思います」
アンディはそれらの意見に、どれも良いねと頷いていく。けれど彼は、アルリビドの心の負担を増やしたくないと思った。
「申し訳ないけど……アルの耳に入ると心の負担になるから、鉱山はなしにしよう。その代わり………………」
数日後………………。
元アマニ伯爵領に、猛毒を宿すビックブラックマンバが、出現した。巨体であるが、素早い動きで相手を威嚇する蛇だ。
蛇は毒を吹き付けながら、逃走を繰り返す。
アンディの弟子達は、「うぉ! デケェぞ、こいつ」「痛ぇ、こいつ噛んだ。毒が腕に……。俺ここで離脱する」「おう、後は任せろ。追え追え!」と、何とか仕留めるのに成功した。
ブラックマンバの神経毒は、その体の大きさと比例し多量に抽出することができた。血清が作られ、多くの者の命を救うことだろう。
その蛇は、元アマニ伯爵領を出てから詐欺を働いた男であった。
「馬鹿だなぁ。悪事を働く気なら、元から伯爵領に来なければ、僕に監視されることもなかったのに。
ただ飯食って出ていった先が、詐欺なんてさ。
僕って受けた仇は、100倍に返す主義なんだよね」
仄暗い笑みを浮かべる彼は、討伐を終わった後にあの日相談した弟子達に顛末を報告した。
巨体であるブラックマンバが、あっさり倒される訳がない。
本来野生で5メートルに成長したブラックマンバなら、どれ程の獣を屠り喰らってきたことだろう。
そんな猛者なら、10歳未満の年若い剣士や魔法使いに殺られる訳はない。生き残る戦術があるからだ。
「あの男は僕達の弟子達の糧になった。今回はこれで良いかな?」
ステアーは優しいですねと、アンディに言った。
「もし今回逃げられたら、見逃すつもりだったんでしょ」
「さぁ、どうだろうね」
答えはうやむやのまま、話し合いは終わった。
◇◇◇
アンディが男にかけた、変身魔法は完璧だった。
その生態を知る為にブラックマンバを解剖し、細部まで頭に叩き込んだ後の術だから。
子供達と違い、魔力切れで元に戻ることは決してない。
元人間が蛇として、人間の意識を保ったまま生きる絶望。
「元貴族が蛇となり、泥塗れで生きていく。それはそれで罰になると思ったんだ。これだけはメロウには内緒だよ」
使い魔のグループとエリーザにだけ、そっと囁くアンディ。
「まあさ、鉱山に行くより幸せだったんじゃないか? 堅気では生きられん奴だったんだ。気にするな。ワハハッ」と、グレープは明るい。
「そうだよね。良かった」と、適当に返すアンディ。
エリーザも「そうね」と、相づちを打った。
けれど彼女は、しみじみと思う。
(人間にしておくのが勿体ないわ。この子なら魔獣を纏めて、魔王にでもなれるのに)
その晩の月夜は、血のような赤い満月だった。