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第11話 心の架け橋、響き合う小さなハーモニー

『まもなく、「森の音楽会」午後の部、開演いたします!出演者の皆さんは、最終準備をお願いします!』

 舞台袖に、アナウンスの声と開演を告げる長めのブザーが鳴り響いた。ホールからは、わくわくとした観客たちのざわめきが伝わってくる。

 しかし、ピッピとチャチャ役の二人は、まだ舞台袖の隅で固まったままだ。担任の先生はオロオロと二人を見比べ、額の汗をハンカチで拭っている。『ぴょんたん』は「さあ、出番だぴょん!元気いっぱい、レッツゴー!」と空気を読まない応援を繰り返しているが、効果はまるでない。


 その時、静かに、しかし確かな存在感を放ちながら、サリューがユウカのそばに屈み込んだ。その金属の指先は、普段なら精密な作業を行うために様々なツールを内蔵しているが、今は何も持たず、ただそっとユウカの震える小さな肩に触れようとするかのように、わずかに宙に浮いている。


「ユウカ様」サリューの声は、いつものように落ち着いていたが、そのトーンには、データ分析の結果だけではない、何か特別な響きが込められているように感じられた。「記録によれば、アオイ様は三日前の合同練習の際、ユウカ様がアドリブで加えた小鳥のさえずりのようなセリフを『ピッピの最高の見せ場だね!天才的!』と高く評価し、その夜、ご自身のAI『ぴょんたん』に対し、そのセリフの音声パターンを9回再生し、模倣練習を実行していました。これは、ユウカ様への強い尊敬の念と、共に素晴らしい舞台を創り上げたいという願望の表れである可能性が93.7%と分析されます」

 ユウカは、しゃくりあげながらも、サリューの言葉にハッと顔を上げた。アオイちゃんが、そんなことを…?


 次にサリューは、壁に寄りかかり頑なに顔を上げないアオイちゃんの方へ、静かに向き直った。

「アオイ様。ユウカ様は、一ヶ月前の発表会の役が決まった日から、ご自宅のカレンダーの発表会当日の日付に、アオイ様と一緒に描いたニコニコマークのシールを貼り、毎日それを見ては『アオイちゃんと一緒なら、きっとドキドキしない!』と発言していました。その音声記録とカレンダーの画像データを、アオイ様の指定端末へ転送することも可能です」

 アオイちゃんの肩が、ピクリと動いた。俯いた顔は見えないが、耳だけがサリューの言葉を捉えているようだ。

「アオイ様の現在の感情は『憤り』『自己正当化』そして『孤立感』の混合状態と推測されます。しかし、ユウカ様の行動データからは、アオイ様のリーダーシップと演技の正確さに対する揺るぎない信頼が、過去3週間にわたり継続して観測されています」


 二人の間に、重たい沈黙が流れた。開演ブザーの余韻が消え、舞台裏は次の出番を待つ他の園児たちの小さなざわめきだけが聞こえる。

 サリューは、ゆっくりと胸部の小型ハッチを開いた。そこから現れたのは、レーザーポインターでも、小型ドリルでもない。二つの、少し不格好だが温かみのある、色違いのビーズで作られた小さなブレスレットだった。一つはユウカの好きなピンク色、もう一つはアオイちゃんの好きな水色。それは数週間前、二人がまだ仲が良かった頃、サリューの作業台の隅で、余った材料を使って一緒に夢中になって作ったものだった。


「この二つのブレスレットは、ユウカ様とアオイ様が共同作業において、過去最高の協調性スコアを記録した日に作成されました。当時の記録によれば、このアイテムを身につけることで、相互の親密度が18.3%上昇し、ポジティブな感情の共有が促進される効果が期待できます。また、『友情の証』として、お互いの存在を肯定的に認識するトリガーとなる可能性が82.3%です」

 サリューは、それぞれのブレスレットを、そっと二人の前に差し出した。


 アオイちゃんが、ゆっくりと顔を上げた。その瞳はまだ赤く腫れているが、頑なさは少し和らいでいる。ユウカも、泣き腫らした目で、ピンク色のブレスレットとアオイちゃんの顔を交互に見つめた。

 楽しかった記憶。一緒に笑い転げた時間。秘密基地で作戦会議をしたこと。そして、このブレスレットを作った時の、誇らしげな気持ち。それらが、堰を切ったように二人の胸に蘇ってきた。


「……アオイちゃん」ユウカが、か細い声で言った。「あの時…金の塔、ゆずってあげればよかった…ごめんね」

 アオイちゃんの唇が、震えた。

「……わたしこそ、ごめん。ユウカちゃんのこと、つい、ドンってしちゃった…ピッピのセリフ、本当はすごく上手だって思ってたのに…意地張っちゃった」

 涙が、また二人の頬を伝う。でもそれは、さっきまでの怒りや悲しみの涙とは、少し違う色をしていた。


 サリューのLEDパネルが、穏やかなエメラルドグリーンに変わった。まるで、二人の心の雪解けを祝福するかのように。サリューは、そっと二人の小さな手を取り、お互いの手のひらにブレスレットを乗せた。その動作は、まるで厳粛な儀式を執り行う神官のようだ。

 二人は、お互いのブレスレットを、ぎこちない手つきで相手の手首に着けてあげた。


「ピッピとチャチャ、スタンバイお願いします!もう時間です!」

 先生が、祈るような表情で声をかける。

 ユウカとアオイちゃんは、顔を見合わせた。そして、どちらからともなく、力強く頷いた。涙の跡が残る顔に、決意の光が宿っている。

 二人は、しっかりと手をつなぎ、舞台へと続く光の中へ、小さな体を躍らせるように駆け出していった。


 その後の「森の音楽会」は、園の歴史に残る名演技となった。

 ピッピとチャチャは、まるで本物の子リスが飛び出してきたかのように生き生きと舞台を駆け回り、歌い、踊った。特にクライマックスの「仲直りのハグ」のシーンでは、二人の目から自然と涙がこぼれ落ち、見ている保護者たちの多くが、もらい泣きでハンカチを目に当てていた。客席のコウイチとミサキ、そしてアオイちゃんの両親も、言葉にならない感動で胸がいっぱいだった。


 舞台袖の隅。サリューは、その全てを静かに記録していた。

 LEDパネルには、エラーコードの代わりに、温かく、そして安定したオレンジ色の光が灯っている。

『オペレーション「心の架け橋」、フェーズ1完了。目標達成を確認。副次的効果として、ユウカ様及びアオイ様の「自己肯定感」「協調性」「問題解決能力」のパラメータが予測値を大幅に上回る上昇を示しました。また、私のシステム内に、従来定義されていなかった種類の、極めて肯定的なフィードバックループを観測。この現象の解析と、将来的なヒューマン・インタラクションへの応用可能性については、継続的な研究課題とします』

 サリューの内部モノローグは、どこまでもAIらしかったが、その最後の言葉には、まるで新しい発見をした科学者のような、静かな興奮が込められているかのようだった。

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