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第1話 ウチのAI(やつ)は、たぶん神。

「サリュー、おはよう! ユウカは?」

 寝癖頭のままリビングに飛び込んできたのは、コマツ家の主、コウイチ。医者やってるだけあって、朝はいつも戦場だ。その声に応えたのは、人間じゃなかった。


『おはようございます、コウイチ様。ユウカ様は午前6時32分に起床。現在、リビングにて安全な環境下で知育ブロック遊びを実行中です』


 滑らかな合成音声。声の主は、キッチンとリビングを隔てるカウンターの向こうで、寸分の狂いもない動きで朝食の準備を進める銀色のボディ――家事・育児支援AIロボット、サリューだ。

 身長は百六十センチくらいか。スリムな人型だけど、顔はシンプルなLEDパネルで、感情みたいなものは読み取れない。はずなのに。


「お、おう。サンキュ」

 コウイチがユウカに駆け寄ると、一歳になったばかりの娘は、カラフルなブロックをカチカチ鳴らしてご機嫌だった。その傍らには、ユウカがブロックを口に入れたり、危ない場所にハイハイしたりしないよう、サリューから分離した小型の球体ドローンがフワフワと浮いて、優しく監視している。


『コウイチ様、本日の朝食はご指定通り、トースト(焼き加減:ミディアムレア)、スクランブルエッグ(半熟度85%)、コーヒー(豆:キリマンジャロ、湯温92℃)です。ミサキ様の分も用意完了しております』

「完璧かよ…」

 コウイチは思わず呟いた。サリューがコマツ家に来てから三ヶ月。こいつの処理能力は、ハッキリ言って神レベルだ。


「おはよう、サリュー! ユウカ、パパおはよー!」

 パタパタと軽い足音と共に、妻のミサキが現れた。出版社勤めの彼女も、朝は時間との勝負だ。

「コウイチ、ネクタイ曲がってる。サリュー、今日の私の予定、頭に入れてくれてる?」

『おはようございます、ミサキ様。はい、10時から編集会議、15時から作家様との打ち合わせ。移動ルートの最適解を算出済みです。コウイチ様のネクタイの歪み、誤差3.5度。修正を推奨します』

 サリューはそう言うと、多機能アームの先端から小さなマニピュレーターを伸ばし、コウイチのネクタイをシュルッと直した。


「うわ、マジか。サンキュ、サリュー」

 コウイチは苦笑い。

 ミサキは出来立ての朝食が並ぶテーブルを見て目を輝かせた。

「わあ、今日も美味しそう! サリュー、本当にありがとう! あなたがいない生活なんて、もう考えられないわ!」

『お言葉、大変光栄です、ミサキ様。計算上、私のサポートにより、コマツ家の生活効率は以前と比較して38.7%向上しています』

「数字がリアル…」ミサキがぽつり。


 食事中もサリューは大忙しだ。ユウカがスプーンを床に落とせば、床が汚れる前に球体ドローンがキャッチ。ユウカがコップを倒しそうになれば、本体アームが瞬時に支える。その間も、キッチンでは食洗器が静かに回り、リビングの隅ではお掃除ロボット(これもサリューの統括下だ)がホコリ一つ見逃さんとばかりに動き回っている。


「なあ、サリュー」と、コーヒーを一口飲んだコウイチが言った。「最近、ユウカが好きな歌ってなんだっけ? あの、なんか動物が出てくるやつ」

『はい。「もりのくまさん」ですね。昨日、ユウカ様が歌に合わせて手足を動かす際のリズムパターンから、特にAメロ後半の音階にご執心であると分析しました。再生しますか?』

「いや、いい。…つーか、そこまで分析してんのかよ」

 コウイチは呆れたように笑った。本当に、こいつの学習能力には舌を巻く。


 ミサキは少し心配そうな顔でユウカを見ていた。

「サリューが完璧すぎて、私、時々ユウカに何してあげたらいいか分からなくなっちゃうのよね。ママよりサリューの方が、ユウカのこと分かってるんじゃないかなって…」

『ミサキ様。私のデータベースにおける「母親の役割」に関する項目には、「愛情を注ぐ」「安心感を与える」「共に成長する」といったキーワードが上位に記録されています。これらは、私の機能では代替不可能な領域です』

 サリューのLEDパネルが、心なしか優しく点滅したように見えた。…いや、気のせいか。


「…そっか。ありがと、サリュー」

 ミサキは少しホッとしたように微笑んだ。


 やがて、慌ただしい朝が終わり、夫妻はそれぞれの職場へと出かけていく。

「サリュー、ユウカのこと頼んだぞ!」

「お願いね、サリュー!」

『お任せください。コマツ家の安全と快適な環境維持を、最優先事項として処理いたします』

 玄関のドアが閉まると、家の中はサリューとユウカだけの静かな時間が訪れる。

 サリューはまず、ユウカの午前のお昼寝に向けて、部屋の温度、湿度、照度を最適化。その間に洗濯物をたたみ、夕食の下ごしらえを進める。全てがプログラム通り、完璧に。


 と、その時。サリューの内部システムに、夫妻がセットしたある命令が静かに作動していることを示す小さなログが記録された。それは、数日後の夜間充電に関するスケジュールだった。

『…夜間充電スケジュール、確認。実行予定日時、3日後、22時より翌朝7時。場所、指定チャージステーション。現時点でのバッテリー残量82%。問題なし』

 サリューはそう結論付け、再びユウカのケアへと意識を戻した。その小さなログが、この完璧な日常に波乱を呼ぶことになるとは、この時点では誰も――もちろん、サリュー自身も予測していなかった。

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