9話 事情聴取をうける僕
部屋を一歩出て、ここは砦だと理解した。何故ならば頑丈そうな石造りの建物。窓には鉄格子で塞がれており、へんてこな形の鉄の杖を持つ戦闘服なのだろう緑の服を着た魔法使いが窓越しに砦を守る外壁の上で警戒していたからだ。
「皆さん、砦まで避難してきたんですね。大変そうです」
「ここは元は小学校だったんだよ。でも有事のための避難施設建設に伴いシェルターに変わったんだ。お役所的な見かけだけ頑丈な建物に見えるけど、核戦争が起きたらひとたまりもない。でも、食料とかは備蓄させていたから、それだけは良かったかな」
「戦争は過酷ですもんね。わかります」
核戦争って、なんだろうと思ったけど戦争の一種なんだろうなと推測して頷く。空気を読んで、それはなんですかなんて尋ねないよ。
十三さんの後に続きながら、建物を観察してみると、各部屋が分けられており、中では疲れた顔の人々が座り込んでいる。リュックサックや鞄を持ちこみ、誰も彼も色鮮やかな服を着て、シーツを敷いてその上に座り込んで━━━。
「あの……………いえ、なんでもないです」
問いかけようとして口を噤む。通り過ぎてゆくと、どの部屋も人々でぎゅうぎゅうだ。人の熱気と汗の匂いが部屋内を漂い、皆がイライラとしてそうだ。避難してきた貴族様たちなのだろう。でも、おかしなところがある。
不満を口にしたり、これからのことを話して、ワイワイと騒がしいが、避難している人数に比べると、そこまで騒がしくない。その理由は一つ。
(なにあれ? 宗教的ななにかかな? お祈りしてるのかな)
半分近くの人たちが手のひらサイズの板を熱心に見ていて喋りもしない。この地域って、土着の宗教があるのかな。まぁ、モンスターハザードが起きたんだ。祈るのも当たり前か。納得しつつ歩いていく。
「こうやって見ると、黒髪のほうがまだ多いでござるな」
「でも、カラフルだよね。お花畑みたい」
「妹よ。そんな可愛い表現をする性格だいてて」
避難民たちを見ながら、なぜかついてきている馬治さんとあかねさんがじゃれ合ってる。そのローキック、あかねさんはなかなか素質があるよ。でも色とりどりって? 二人の視線の先を見ると、人々の頭を見ている。なるほど、たしかにピンクや緑、赤や青と髪の毛の色はそれぞれバラバラだ。
あの髪色は親和性のある魔法属性を示している。即ち……努力をすれば魔法属性の親和値などいくらでも変えられるから、昔ならともかく、今ではファッションの一つにしかなってない。なにか珍しいのかな?
「そうねぇ。25年前のダンジョン発生から、急に自毛がカラフルな色の子が生まれ始めたものねぇ。当時は大騒ぎになったのよ? 今では普通になったけど、最初は………」
うーんと、頬に手を当てて夜子さんが思い出しながら説明をしようとしてくれて、十三さんがフォローに入る。
「最初はマセット君のような色鮮やかな青色の髪だよ。日本軍の前身、当時は自衛隊と呼ばれていたんだけど、その隊員の妻が産んだ子供が青色の髪だったから大騒ぎだ。なにせ、その自衛隊員はダンジョン探索の任務についていたからね。なにか危険なウィルスがダンジョンにはあるのではと、テレビもラジオも大騒ぎさ」
「魔力があるとも言われてたでござるよね! まぁ………なにも発見されず、今は7割の子供は髪の毛がカラフルなことになっただけだったでござるが」
肩を落として落胆した顔になる馬治さんだが、すぐに顔を上げると僕を期待の目で見てくる。
「でも、それは国が隠していただけだとわかったでござるよ。なにせ、マセット殿のような超人が現れたんでござるからな! これから冒険者時代でござる。拙者、絶対に冒険者になるでござるよ!」
「馬治………まだそんなことを言ってるのかい。まぁ………。マセット君。ここだよ」
馬治さんへと一瞬責めるような鋭い視線を向ける十三さんだが、すぐに柔和な顔になり、魔法使いが歩哨に立っている扉の前で立ち止まるのであった。
ふむ、色々と気になるワードが聞こえてきたけど………様子見をしようかな。気弱な僕は積極的に尋ねることなどできないしね。
◇
「あぁ、ようこそ。すまないね、忙しい中で時間をとってもらって」
書類が机に広げられて、多くの魔法使いが長細いものを手にして独り言を呟いている。壁には地図が貼られており、この区域を示したものなのか、マルやバツが書かれている。
雑然とした雰囲気の中で、戦場の匂いをさせる部屋にて、ソファに座るようにと、お偉いさんなのだろう、首元につけているバッヂの星が他の人と違う魔法使いが勧めてきた。
「いえ、お会いできて光栄です。しがない平民のマセットと申します。大変申し訳ありませんが、平民の僕は無知でして、貴方様のお名前を知りません。大変申し訳なく思いますが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
深く頭を下げてご挨拶だ。貴族様の特に将軍級、しかも魔法使いとなれば、偉いに決まってる。そして、プライドも高いから、誰でも名前を知っていると思っているはずだからね。ここは無知な平民なのでと、お馬鹿な大した事ない相手だと思わせるのが良いんだ。
「あ、えっと、参ったな、ご丁寧にどうも? 俺の名は美原総士。日本軍台東区第八大隊の司令を務めている」
苦笑いをしつつ、頭を掻いて照れて挨拶を返してくれる。おおらかな気の良さそうな人っぽい。ふむふむ、少佐というのはどのくらい偉いのか分からないけど、大隊を率いるとはかなり有能な人なのだろう。見たところ30代前半、大柄な身体は鍛えられており、戦場に慣れてそう。
「美原様ですね。はじめまして。お会いできて光栄です。美原様にお会い出来たこと、私の友人は皆が羨ましがるでしょう」
名前知らないから、あの有名なとか言えないんだよね。なので、光栄ですを繰り返す。貴族様はそれだけで満足するし。
「あ〜、えっと………」
「すいません、美原さん、ちょっとこちらへ」
戸惑った美原さんを、夜子さんが手招きして部屋の端に連れて行く。なんだろう、知り合いだったのかな?
「あの子は両親を亡くして━━━」
「それは気の毒に」
「空想の中に心を飛ばし━━━優しく接して」
なにか小声で話しながら、僕をちらちらと見てくる。その間、僕はこの顔と身体の力を確認するべく、暇そうな顔で足をパタパタと振ってみる。この可愛い顔なら好感度アップに役立てると思うんだよね。気弱な僕は常に自分を守る方法を探しているのだ。
「えっと、マセットちゃん。お水どうぞ」
「ありがとうございます」
女性の魔法使いがコトンと水を入れた瓶を渡してくれるので笑顔で受け取り━━━。んん? これ、ガラスじゃないぞ? 少し感触が柔らかいし、軽い。なんだこれ?
十三さんたちも水を受け取り飲んでいる。けど、これ飲んで良いのかな? 持ち帰ったら駄目かな? 高く売れそう。駄目元で尋ねてみよう! たぶん、この瓶は返さないといけないんだろうけど………。
「これは後で飲んでもよろしいでしょうか? 今はあまり喉が渇いてないんです」
「あら、それじゃ持ち帰って後で飲んでね」
「ありがとうございます! 後で飲みますね!」
この瓶を買った誰かが飲むと思いますと、正直者な僕は笑顔でお礼を口にするのでした。
と、話を終えて美原さんが対面に座ってくると優しい笑顔を向けてくる。なにか、可哀想な相手を見るような笑顔だ。平民だからかな?
「持たせたね。で、簡単に事情聴取をしたいんだ。君を助けた時に……えーと、馬治君が君が玩具で敵を切り裂いたと言っててね。一応確認なんだ。緊張しないでくれると嬉しい」
「玩具とは、このショートソードのことですか?」
鞘から抜き放つとテーブルに置く。ルビーを固めて作ったように半透明の赤き剣身は芸術品としても美しい。天井の明かりに照らされてキラキラと輝いていた。もう一本も同様にサファイアを固めたような美しい蒼い剣身だ。
僕の自慢のショートソード『炎華』と『氷華』だ。国宝級で皇帝から献上するようにと言われて、ひと悶着あった魔剣。魔竜から奇跡のドロップをしたものなのだ。
おぉ、と思わず、その美しさに皆が感嘆のため息をつくのを、少しいい気分になりながらニコニコと腕を振るう。
「はい。僕がエイヤッて切り裂いて倒しました。簡単でしたよ」
可愛げに、幼い子供が頑張るように手をブンブンと振る。以前の僕なら、頭がどうかしたかと心配させるだろうけど、今の僕なら愛らしいはず!
「そうか、この短剣で?」
「はい、この短剣で」
困ったような苦笑をして、美原さんがショートソードを手にすると、刃に指をつけて、つつっと動かして、僕へと指を向けてくる。傷一つない指だった。
「見ての通り、この短剣は玩具だ。刃がないんだよ。君の持っていた物は確認したけど、ダガーも刃はなかった」
そりゃそうだよ。全て魔剣、即ち魔力を流さなければ、刃は形成されない。赤ん坊が持っても危険のない優しい武器なんだよね。
「これはマセット殿が持つと力を発揮するのでござる。さぁ、持ってみてくだされ」
後ろから猛然と食ってかかる馬治さんが、僕に炎華を無理やり持たせる。ふむふむ………?
「そのとおりです。僕がこの剣を持つと力を発揮しちゃうのです。ていてい」
ペチペチと炎華で馬治さんを叩いてみせる。もちろん腕は切れることなく、馬治さんがブチギレた。
「そんなはずないでござる! 父上も母上も見ていたでござろう!」
「あれは集団幻覚だったんだ。人間、命の危機に陥ると都合の良い記憶をつけるもんなんだよ」
「あんな光景を見て、幻覚なんてあり得ないでござる!」
十三さんが馬治さんを宥めて、さらにヒートアップする馬治さん。でも、僕にはわかっちゃった。これ、守ってくれてるんだ。きっと魔剣だと気づいて、軍に奪われないようにと心遣いだろうね。軽尾家の好感度アップだよ、ただし馬治さん抜かして。
「馬治君が騒ぐから一応確認したが、問題ないな。銃刀法違反で逮捕することなくて安心したよ」
どうやら美原さんは軽尾家と知り合いらしい。魔剣を見逃してくれるつもりなのだろう。あきれた顔で馬治さんを一瞥してから、僕に笑みを向ける。
「ぐぬぬぬ、なら軍はステータスボードを隠していたでござろう? これからは一般人にも取得させる方法を公開するべきでござるよ!」
「え? ………なんだって?」
その言葉に唖然として聞き返す美原さん。その反応から図星だろうと胸を張ってニヤニヤと得意げとなる馬治さん。
「だからステータスボードでござる。マセット殿がステータスボードを手に入れたのを見たでござる。空を見てニヤニヤと笑みを浮かべていたんでござるよ。あれぞ、まさしくステータスボードを手に入れた証!」
「空を見て………そうか。マセット君。今日はゆっくりと休んでくれ。明日にはモンスターも排除できて避難指示は取り消されるだろうからね」
「後で落ち着いたら役所の人も来るから、それまで私たちが一緒にいるわ」
気の毒そうな者を見る目つきで優しい言葉をかけてくる美原さんと夜子さん。そして吠える馬治さんはガン無視されていた。ふむふむ………よくわからないけど………。
「はい。避難指示が終わるのを楽しみにしてますね!」
僕は花咲くような笑みで、喜んで見せるのでした。後ろでは十三さんに怒られている馬治さんの姿があったけど、別に気にしなくてよいだろう。