84話 僕と神
日本の主要都市はほとんど破壊された。残る大都市は東日本の北海道、東北、東京のみだ。西日本の都市は崩壊しており、今や多くの人々は隠れ潜み生き延びている。
博多も廃虚となっており、人気はない。既に自然が廃虚を侵略しており、蔦がビル壁を覆い、コンクリート壁が崩れた穴には苔や雑草が入り込んでいた。
自然の早すぎる侵食は魔力が空中に漂い、異形の獣たちが徘徊しているからだろうか。人は存在しない代わりに、大蜘蛛や巨狼が徘徊し、人間が歩けば命を失う危険地区。その廃虚街の中でも一番高いビルの屋上。元はペントハウスであった家屋に、シェムハザは隠れ潜んでいた。
「ぬぬぬ………未だに魔力が戻らぬ………。サンダルフォンなど作らずに普通に戦えば良かったな。無駄に魔力を使ってしまったわ」
シェムハザはアスモデウスの雑な攻撃、ハンター3に負けたことと、回復しない魔力に苛立ちを覚えていた。使用した印も神秘的な光を失い、使用不可能となっている。恐らくは回復に時間がかかるのであろう。
「この状態では、ジュデッカ皇子どころか、他の魔王を倒すこともできぬ。早く回復しなければ」
焦りがシェムハザを襲い、顔が恐怖でひるむ。最初はここに隠れていれば、すぐに魔力は回復し、他の魔王を倒しに行けると考えていた。印が力を引き出せることをマセットが知った今、先回りされて印を集められることを恐れていたのである。
しかし一向に魔力は回復しないどころか、減少していた。その原因はというと━━━。
「魔王発見したうさ!」
「うさが見つけたよ」
「万魂の魔王うさね」
廃墟となりボロボロの通路の影から、ミミウサギたちが顔をひょっこりと出して、見つけたよと一斉にきゅーきゅー鳴くのだ。
「くっ、ハンターギルドのウサギ天使たちか、なぜ直接魔王探しをしている!」
本来のハンターギルドは直接魔王を探したり、それどころか姿を見せることもない。それは不死の存在たちの原則ルールのようなものであった。なのに、最近はぴょこぴょこ現れるのだ。
『血よ、槍となれ!』
すぐに血を撒いて、槍へと変化させるとウサギたちを貫く。ウサギたちは全員串刺しにされて、目から光が失われてだらりと手足を伸ばすが━━━。
血の効果がなくなり、床へと消えると、身体に開いた穴が塞がり、目に光が戻り、お鼻をスンスンと鳴らし始める。まさしく不死の存在であった。
「くっ、倒しても倒しても復活する………ヴァンパイアよりも厄介じゃ!」
少なくともヴァンパイアは聖なる魔法にて倒せた。再生能力はあるものの聖女の力を使えば完全に消滅させることは可能だったのだ。しかしウサギたちはそのような弱点はない。完全無欠といえる恐るべき存在だった。
「うさ! 魔王を退治しちゃううさ!」
「うさなんか銀の槍持ってきたうさもんね」
「オリハルコンの槍を倉庫から持ち出してきたうさよ」
復活したウサギたちは、空間の歪みから槍を取り出して、ぽてててと駆けてくる。可愛らしくキュッキュと床をこする足音だが、その速度はチーターの最高速度よりも速い。そして、その攻撃は小さなウサギの癖に、恐ろしく速く威力がある。
天使とはよく言ったものだと、唇を噛みしめると、シェムハザは手を接近するウサギたちへと向ける。
『冷気は雪に、雪は氷に、氷は全てを閉ざす』
シェムハザの周囲の温度が一気に零下まで下がっていき、手のひらから膨大な冷気が猛吹雪へと変貌する。室内を吹き荒れる猛吹雪はウサギたちを氷漬けにして、氷山のような氷に封印するのであった。
不死の存在でも封印はできる。たかだかウサギ如きに使うのは業腹だが、背に腹は代えられない。
「………ハンターギルドがウサギ天使たちを事務にしか使わぬ理由がわかるわ。こ奴らが魔物狩りをしたら人間のハンターの出る幕がなくなるからの」
額にかいた汗を拭い、ため息を吐く。恐るべき魔法生物であり、さすがは大天使の創造した天使たちといえよう。
「そうなんです。だからこそ、ハンターギルドはウサギ天使たちの行動を制限しているのですが、そろそろ僕も作戦を遂行しないといけないので、裏技的に力を貸してもらいました」
「誰じゃっ!」
男の声が聞こえて振り向くと、窓枠に少女にも見える少年が優しげな笑みで座っていた。その背中には黒い翼を生やしており、バサリとはためくと、空中に羽が舞う。
「マセット………いや、その姿はマンセマットか。記憶を取り戻したのじゃな」
「やっぱり僕の正体を聞いてたんだね。印の使い方と言い、少し人間に知識を与えすぎだと思います。貴方に使い方を教えた相手は誰ですか?」
「ちっ、素直に教えると思っているのか?」
「もちろん思ってません。なので、『強欲』の大天使マモンの力にて天罰を執行します」
『欲は金に、金は力に、力は敵を全て滅する光に。百億天貨にて終わりを』
マセットが人差し指を向けると、シェムハザへとビルを貫いて天から光が降り注ぐ。ビルは泡のように溶けていき、シェムハザは光の中で体を崩壊させていく。
「こ、これは話が違う、サリエル、サリエール! サリエル力を━━━」
身体が光に飲み込まれて、シェムハザが断末魔の叫びを上げて消滅する。ビルは全て溶けてしまい、余波で周辺のビル群も消滅し、更地へと変わっていた。
その跡には、水晶が2つ残るのであった。『勤勉』と『純潔』の印だ。
「これで印は4つ。あとはジュデッカ皇子たちの印だけど……時間の問題だよね」
強欲の力は他の悪魔王たちの力と比べても群を抜いている。力を求める欲のエネルギーはなによりも強い。
ただ問題があり━━━。
「うーん、口座の金がエネルギーなのが弱点だけどね。僕の口座がほとんど空っぽになったちゃったよ」
天貨はエネルギーの塊だ。人のエネルギーを集めて作ってある。そしてこのエネルギーを強欲のマモンは力へと変えられる。通称『銭投げ』だ。
「しばらくは独占状態だから、お金には困らないうさ」
頭の上でロロがスンスンと鼻をこすりつけてくるので、微笑みながらほのふやふわな頭を撫でてあげる。
「さて、ジュデッカ皇子たちの討伐はうまくいっているかな」
一番厄介なシェムハザは討伐できた。そして他の魔王は東京に一人、北海道に二人いることが分かっている。ウサギ天使たちならサクッと倒してくれるだろう。
━━━その予想通り、ジュデッカ皇子たちを討伐したと印をウサギ天使たちが持ってきたのは、たった一週間後の話だった。『ウサギの支配者』の力が実にチートなことが分かったよ。
◇
神域。白い世界がどこまでも続き、なにもない次元の狭間。
そこには10人の男女が空に浮いていた。
白き翼を生やす四人と黒い翼を生やす6人だ。空中には集め終わった7徳と7罪の水晶が浮かんでいる。
「さて、今回の作戦は僕たちの勝ちだ。当初の作戦通りに世界を管理する神を創り上げると言うことでいいかな?」
僕、マンセマットが柔和な笑みで周りを見る。
四人の熾天使『ミカエル』『ウリエル』『オネェエル』『サルエル』だ。名前は少し違うかもしれないが、僕らの作戦に乗らなかった者たちだから気にしなくて良いだろう。
「は~い、ミカリンは賛成です、キャピッ」
「……ここに至っては仕方あるまい」
「えぇ~、あたしは反対だけど……もう逆らえないんでしょ」
「ウキー、強欲の力はズルいウキー!」
熾天使たちが賛成する。
「私たちも問題はありません。マンセマット様」
ルシフェルが7人を代表してウィンクで答える。ちなみに怠惰と嫉妬は来ていない。委任状は貰ってるから大丈夫。
全員の賛成がとられて、ようやく世界の神を創ることができる。
「くくくく、これで理想の神を創ることができるな」
そして、今回の作戦を考えた者が僕らの前に現れる。白と黒の翼を生やし、手乗りサイズの小柄な身体。お鼻をスンスン鳴らす可愛らしい存在。
「きゅー、ロロ見参! ロロの作戦はうまくいったよううさね!」
手を広げて、きゅーと鳴くその姿は僕の使い魔のはずのロロだった。彼女の真の名前はロロエル。大天使の一人であり、今回の作戦を考えた者である。
「さぁ、全員、ロロに印を捧げるうさ! そしてロロはこの世界の神になるうさよ」
「あー、神になったら、皆の信仰心だけが食べ物になるもんね。よかったね、ロロ」
僕はやったねロロと褒めながら、キャロットケーキを食べる。今回もよくできたや。僕をつぶらな瞳でまじまじと見つめると、ロロは僕の足元にやってくる。
「ロロ、そのキャロットケーキと神の創造の権利交換してもいいうさよ?」
「それはありがとう。はい、キャロットケーキ」
「わ~い、美味しいうさ!」
こうしてロロは幸せそうにキャロットケーキを頬張り、僕は神創造の権利を貰えるというウィンウィンの取引を終えるのだった。
「それじゃ、神創造!」
手をかざし、印にエネルギーを込めると、14個の印は集まり、その姿を変貌させる。正四面体の金属の塊に。
「なんですか、これ? これが神ですか?」
「あぁ、これはこれから人類のために活動する。全てを支配して、全てを放置する。人々が生きる喜びを得て、人生を楽しめるようにね、そこに意思はなく、ただ管理するだけの存在さ」
「えー、コンピューターのようなものですか? そういうのは最終的に自我を持ってしまうんですよ。知らないんですか? そして世界を破滅に陥らせるんです」
予想と違う存在に、不満いっぱいに口を尖らすルシフェル。きっと神が作られたら、悪魔の囁きで堕落をさせようとしていたのに、ただの金属の塊なのが不満なのだろう。
「問題はないよ。自我が生まれそうになると、その自我は人間へと意識を移すように設定している。英雄誕生というわけだ。そして人間として死んでいく」
「人間に神のエネルギーが耐えられるんですか?」
「その人間たちは僕らの中のひとりになる。なにせ僕らはこれから人間に転生するからね。大天使と悪魔王の魂を持った人間なら十分に耐えられるさ」
パチンと指を鳴らすと、この場にいる全員の身体が光りだす。その光を見て、全員焦った顔になるが気にしない。神の力を借りているので、彼らは対抗することができない。
「む、マンセマット! はかったな!」
「この神には天使は必要ない。だから、僕らはこれから人間に転生を続けて、この世界を楽しもうよ。ちなみにベルフェゴールとリヴァイアサンは先に転生してもらっている」
「む! 私たちを転生させても、人類を滅ぼそうとか考えちゃうかもしれませんよ! こんな事はやめてください。私を愛しているって言ったじゃないですか!」
「それもまた面白いだろう。それにルシフェルのことは愛しているから、また転生先で会うこともあるさ」
「それは愛しているとはいいませーん………」
抗議の声を上げて、ルシフェルが消えていくのをニコリと微笑んで見送る。
「きゃー、あ~ちゃん楽しみ!」
「次の転生先は料理人」
「やれやれ、まぁ、それも楽しそうだから良いわ」
他の悪魔王たちは楽しそうに消えていった。
そうして僕とロロだけとなる。
「ロロは永遠にウサギ天使でいいうさよ」
そしてロロも消えて、ポツリと僕だけとなると、宙に浮く新しい神を見上げて微笑む。
「さて、君に名を与えよう。そうだな……神という名前は相応しくない。科学が進むと必ずオカルトは駆逐されるからね。だから……『宇宙図書館』と名付けよう。これからは超古代の科学文明の機械とでも言うことにしよう」
そう、それが良い。人間たちは機械だと知れば、その機械の性能を信じる。ゲームのようにレベルの仕様。たくさんのイベント、尽きぬ魔物たちとの戦争。人間たちは生きる喜びと神への信仰を忘れないだろう。
もしかしたら人間自身が『宇宙図書館』を模した物を作る日が来るかもしれない。だが、それもまた面白そうだ。まさか神様が裏で管理しているとは思うまい。
「では、また遥かなる未来に会おう、『宇宙図書館』よ。それがいつになるかは分からないけど、きっと楽しい世界になっていると僕は信じてる」
そうして僕も姿を消して、『宇宙図書館』だけとなった。
人類はその後、『宇宙図書館』の力を借りて、無意識に信仰心を捧げていく。
マンセマットの作戦通りに発展していき、宇宙へと進出し、地球という存在が御伽噺にも残らない未来になることになる。
〜 おしまい 〜
これにておしまいとなります。読んでいただきありがとうございました!
新作、悪役令息になりましたがキャラメイクでルックスYとなりました。を投稿しています。
良かったらお読みください。




