82話 日本と僕
「あぁ、なんで俺等は魔物を恐れてたんだ? こんなに弱い魔物すらにも恐れていたなんて、なんて愚かだったんだ」
「そうだな、もうゴブリンなんか経験値にしか見えねーよ!」
廃墟と化した世界にて、新米ハンターたちが出没するゴブリンや大サソリ、他の低位の魔物たちを狩っており、和気あいあいとしている。
東京都の2割の人口が神様の洗礼を受けた。それにより、五百万人近い人口の内百万人がハンターとしての力を持った。もちろん戦おうとするのはほんの一部。たったの三十万人であったが、それだけの人数であれば充分である。
ハンターギルドは大盛況となり、マセット村2号は多くの人々が住むことになり、大きな街へと発展した。名古屋から戻って2か月後の話だ。
三十万人のハンターたちは数の暴力で魔物を駆逐し、ダンジョンを攻略していく。階位15まではすぐに上がるし、日本人はなぜかレベルアップという事象に慣れており、狩りにすぐに慣れたということもある。
あっという間に関東圏はハンターたちにより安全が確保された。『魔の亀裂』の浄化の方法をハンターギルドが公開したおかげもあるだろう。洗礼を受けても戦いに向かわなかった残りの70万人は生産系統のジョブを選び、魔石を利用しての灯りや水作成、コンロ代わりの炎の魔導具などを作ったり、農民のジョブで農家をやったりと、この魔物が徘徊する世界に適応する魔力を持つ人間となった。
━━━そして魂を捧げてもなにも起こらないことに安心し、他の人々も神様の洗礼を受けようとし始めている。そう時を置かずに、この世界でも神様の教えが広がるに違いない。良かった良かった。ルシフェル様の教えは特に何もないけどね。
中には『勇者』のジョブを選んだ者もいるようで、本当に勇者だ。階位が上げにくいし、魔王以外には弱いジョブなんだけどね。勇者は鼻が効くから、残りの魔王たちの場所も見つけるに違いない。
………シェムハザが他の魔王から印を奪い取っている可能性が極めて高いけどね。そうなるとあ~ちゃんの力では敵わない。巨人の大味な雑ともいえる攻撃は絶対にシェムハザには届かないだろう。
というわけで、僕は階位上げを諦めて、印の使い方を探していた。階位51になったのも奇跡だけど、これからは1年で1上げられればいいだろうペースだから、シェムハザさんのパワーアップについていけない。なので印の力を発動させるべく調べていた。
でも2か月かけても、全然わからないんだよね。どうやるの、これ?
手のひらから『謙譲』と『節制』を取り出す。キラリと光る神秘的な水晶は特になにも力をくれない。白い翼を生やさないし、魔力を大幅に跳ね上がることもしない。
「また悩んでるの、まーくん?」
「あぁ、あかねさんですか。そうなんです、手っ取り早くステータスを引き上げる方法があるようなんですが、使えないんです」
ハンターギルドの受付ロビーに備え付けのソファに座り、うーむと悩んでいるとあかねさんがひょっこりと首を伸ばしてくる。狩りをしてきたらしく、少し返り血で汚れている。
「あかねさんはダンジョンを攻略して『聖域』を発動させてきたんですか?」
「うん! 今日は6人パーティーで攻略してきたよ。しかも3個連続攻略!」
「これにてあかね様の借金は全て返済されましたうさ。お疲れ様でした」
「周りの人たちがダンジョン攻略する前に、低位ダンジョンは攻略しないとだもんね。ベータ版から遊んでいるプレイヤーの気分!」
ブイッと手を突き出してドヤ顔のあかねさん。まさかたったの2か月で、借金を完済するとは思わなかったよ。少しびっくりだ。
礼場さんたちも同様で、新しくハンターになった大量の新米ハンターがダンジョン攻略を行う前にと、ガンガン攻略をして稼ぎまくっている。
僕はといえば、忠実なるモグたちや、親切なうさぎたちのお陰で、土地を高く売り、武具の販売や家屋の建設などで大金が入ってきていた。なのでお金には暫く困らないだろう。
だからこそ、何もせずにひたすら印を使用する方法を探してたんだけど、とっかかりもないので困ってる。
「うーんうーん、やっぱり手っ取り早くパワーアップする方法なんてないのかなぁ」
ため息をつきながら、オレンジジュースを飲む。隣の席座るロロとあ~ちゃんもジュースを飲んでご満悦だ。
「はい、えーていいっちょー! ご飯大盛り、野菜炒めと春巻きついかー!」
「わかりましたわ! ハァッ! わたくしの鍋さばきをみなさい!」
厨房でローズさんが中華鍋をふるって、見事な手並みで料理をどんどん作っていく。カウンターにできたての料理がどんどん置かれて、店員さんが忙しく運んでいく。ローズさん、ネゴシエーターではなくて、料理人にしたほうが良かったんじゃないかな。
「ふんふふーん、ロロはキャロットケーキ追加うさ」
「あ~ちゃんはオレンジジュースおかわり!」
「は~い、承りました〜」
店員さんがロロとあ~ちゃんの注文に頷くと、すぐにオレンジジュースを持ってきてくれる。キャロットケーキは………。
「うさが運んであげるうさ」
「うさも運ぶー」
「お礼は一口でいいうさよ」
「マセットお腹撫でて〜」
トンとカウンターに置かれると、お手伝いのウサギたちがテテテと走ってきて運んでくれる。とても優しいウサギたちだ。お皿に群がり、一口一口と鼻を突っ込んで、ハムハムするので、小さな小さな欠片しか残らなくなるけど。一羽だけ僕の膝の上に乗ってお腹を見せるうさぎがいるけど
「もぐー、モグも疲れた。激務すぎるもぐよ。家屋の建設に武具の生産。皆疲労困憊もぐ。マンセマット様、長期休暇がほしいもぐ」
ビンチョーさんが日当たりの良い窓際に寝転んで、気持ちよさそうにモグーと鼻をひくひくさせている。他のモグたちも、屋根や庭でスヤスヤ寝ていて働いている様子はない。ウサギたちと日の当たる場所を争っているモグもいるけどね。
「ノルマを2倍にしておくね?」
「え~、めんどくさいけど仕方ないモグ」
ニコリと微笑み、追加の仕事を頼むと、ビンチョーさんは口を開いて欠伸をすると、またスヤスヤ寝る。
「もうノルマの3倍やってるからお仕事おしま~い」
そうきたか。むむむ、さすがは高レベルのゴーレムマスターだ。まぁ、仕事が終わってるなら別にいいや。
「ふんふーん、チラッチラッ」
そして僕の目の前を横切るルル。下手くそな口笛を吹いて、流し目を送ってくるのが、この2か月のルルだ。
尋ねない僕も悪いんだけど………仕方ないか。そろそろ動かないと駄目だろう。
「ルル、なんで印が使えないか教えてもらっていいかい?」
「ようやく聞いてくれましたか! 仕方ない領主様ですね~。このこの」
肘で僕の頬をグリグリしながら、ルルがとっても嬉しそうにする。ここ最近ずっと僕の目の前をウロウロしてたもんね。
「それは簡単です。領主様はもう他に7つの印を手入れているではありませんか。そのうち2個と力が相殺されているんです。ワスレマシタカ?」
耳元で囁くルルの言葉に頭がクラリとする。そして、泉が湧くように、記憶が戻ってくる。
あぁ、そうだ。僕は全ての印を手に入れていた。
『ニート』であるために、絶望し『怠惰』に暮らし━━━。
『ニート』であるために、才能を妬み『嫉妬』に狂い━━━。
『ニート』である自分に怒りを持って『憤怒』を覚え━━━。
『ニート』であるために、力を求め、『強欲』になり━━━。
『ニート』であるために、暇なので料理を極めて『暴食』のベルさんにご飯を作ってあげて━━━。
『ニート』は関係なく、あ~ちゃんと仲良くなりなんとなく『色欲』をもらい━━━。
『傲慢』にも全ての神の分身を倒し、英雄たる力を手に入れたんだった。合わせて7つ。人間の原罪にて、力の源。
天使マンセマットが求めた世界に秩序を与える力の源だ。
そう、僕は天使だった。堕天使たちから7罪を奪うために、人間に転生したんだった━━━。
また、クラリと頭が揺れて、記憶が混濁する。僕はなにを考えていたんだっけ?
そうだ。7つの印のことか。思い出した。たしかに集め終えていたや。残りはこの世界の7つの印。それを集めれば、僕は望みを叶えることができるだろう。
「と、すると、相殺されていないこの5つの印の力を使えばいいわけか」
思い出したことにより、漆黒の水晶を手のひらから5個呼び出せた。たしかに感じる。その圧倒的な力を。そして、印を持っているからこそ、『神降ろし』で悪魔王たちの力を使いこなせたことを。
「ふむ、今までの『神降ろし』よりも遥かに強い力を引き出せるようになったや」
「そうでしょう! ふふ、それならば残りの5個の印を集める仕事頑張ってくださいね? きっとあなたの望む世界を手に入れることができます」
クスリと笑って、ルルの目は深淵の闇を灯らせる。
「恋人として、応援しますよ」
「━━━━そうだね。きっと面白い世界になると思うからさ」
外の光景を見て、優しく微笑む。
魔物たちにおそわれて、インフラも崩壊したのに、自らの手で生命を守れる喜びと、生気を感じさせるように田畑を耕す人々。それは死んだような瞳で暮らす前の世界の人間にはない瞳の輝きを持っていた。
「失敗作とされても、修正をかければ、この世界は、人間は神を敬う素晴らしい存在に昇華されるだろうからね」
きっと素晴らしい世界になるだろう。人が人が思いやり、優しく手を差し出す世界に。
「ふふふ、その時は私は主席に舞い戻ることを忘れてはいけませんよ」
「酒場の上座くらいは用意してあげるよ」
面白そうに笑うルルに答えながら、僕は腕を組んで思考する。
神は死んだと人間が言うなら、もう一度作れば良い。善悪をのみ込んだ素晴らしい神を。
それにはジュデッカ皇子たちを倒さなくてはならない。これからも僕は戦い続けることを誓うのだった。
新作
悪役令息ですが、キャラメイクでルックスYを選んでしまいました
を投稿してまーす。よろしかったら、お読みください。




