8話 僕は自分の姿を知る
「本当に着替えちゃうの? その………ほら、少し汚れてるよ、その服?」
「あ~………たしかにそうですね。申し訳ありません。ですが、この服しか持ってないんです」
ベッドから起き上がり着替えようとするとあかねさんが気まずげに止めてくる。たしかに周りで寝ている患者さん、寄り添っている家族の皆さんも綺麗な服装だ。肌も汚れてないし、疲れてはいるようだけど、身嗜みに気をつけているのがわかる。部屋もゴミ一つなく、ベッドシーツも真っ白だし、見たことがないほど清潔だ。きっとここは貴族様たちが使う病室なんだろう。
その中で血の跡も残る僕のコートや上着類。たしかに場違いだ。ちらちらとこちらを盗み見してくる人たちは興味半分、嫌悪半分といったところだ。僕はどう見てもこの部屋で浮いていた。
「そうだ。私の服を貸してあげるよ。大丈夫、男の子でも可笑しくない服装だから!」
パンと手を打ち、あかねさんが良いアイデアと勧めてくるけど………貴族様の服は高いよね。
「えっと、それは申し訳ありませんので遠慮いたします。返せる保証もありませんし、貴族様の服を着るなんて恐れ多いです」
「それじゃあげる! あげるよ。えっとパンツと上着、動きやすいスポーティな服を持ってくるから、少し待ってて!」
「頂けても返すことが━━━━━」
「すぐに戻って来るから! まーくんにピッタリの服を持ってくるから!」
すててててと猛ダッシュ。部屋にいる人たちを避けて、勢いよく走っていった。その様子にポカンと見送ってしまい、軽尾家族は苦笑いをしている。あの行動力に慣れてるっぽい。
良い子だなぁと、知らず笑みが浮かんでしまう。あの子への恩はしっかりと覚えておく。善意には善意で返す。それは人として必要なことなんだ。
では、服が来るまでに固有スキルをこっそりと確認しておくかな。神の恩寵よ〜。ついでに種族も。
職業:幻想の守護者
幻想の扉 幻想の世界との扉を開く
全耐性(小)
神降ろし 神、または天使を身体に降ろす
全職種特効
種族:ロイヤルニュート
神の恩寵受けし人類
取得経験値3倍、階位上昇時ボーナス、長寿
(ダメージアップする全種特効!? これがあったからゴブリンに対して、弱いのにあれだけのパワーが出せたのか)
ステータスボードを呼び出して、驚くと共に納得もした。だからこそ階位ゼロなのに、ゴブリンを真っ二つにできたのね。それに種族もかなり良い。
(職業は勇者なら魔族に5倍ダメージとか、ドラゴンスレイヤーなら竜の防御力無効とか、一種類の敵に対してのみ効果のあるのが普通だ。なのに、全ての敵かぁ。聞いたことのない職業だと思ってたけど、想像以上に凄いや。種族も良いな。これは神様に感謝のお祈りをあげないとね)
苦節数十年、どうやら僕はようやく報われたようだ。神様ありがとうございます。
「大丈夫? どこか痛いところあるかしら? お医者さん呼ぶ?」
ホクホク顔でステータスボードを見ていたら、夜子さんに心配されちゃった。ステータスボードは他者には見せようと思わなければ見えないので、空中を見てニヤニヤしている挙動不審の人に見えた模様。
「ステータスボードを見ていたんでござろう? ね、そうでござろう? どうやってステータスボードを手に入れたんでござる? やっぱりモンスターを倒した時にでござるか? 拙者にも方法を教えて━━━━━」
馬治さんが、鼻息荒く僕に詰め寄ってきて、夜子さんに頭をぺしりと叩かれる。
「いい加減にふざけるのは止めなさい! 親御さんを亡くしたばかりの子なのですよ!」
優しい顔が恐ろしげにな顔に変えて激怒する夜子さん。いえ、当たりですよ? なかなか勘の良い人だよ? まぁ、怖くて言えないけど………。それと親ははるか昔に亡くしたのであって、亡くしたばかりではないです。このモンスターハザードで亡くしたと思われちゃったのかな? ………黙っとこ。
「だって母上も見たでござろう。マセット殿がゴブリンを玩具の剣で叩き斬った姿を! かすり傷を与えたとかではないのでござるよ。真っ二つにしたんでござるよ!」
「それはそうだけど………あれってなにかのトリックじゃないかしら? ほら、手品の人って、よく女の人の胴体を切ってるでしょ?」
あらあら困ったわねと頬に手を添えて、おっとりと微笑む夜子さんだけど手品?
「あそこでそんな手品を見せる必要はないでござるよ! きっとマセット殿は『モンスターを初めて倒しました。ステータスボードが認識できます』とか、そんなイベントがあったに違いないでござる。それでモンスターを倒してレベル上げをしていた。そうでござろう? あ、わかった! ダンジョンに入ったらステータスボードが見えるようになったんでござろう? いや、ダンジョンに入ってモンスターを倒したら。その条件でござろう!」
「え、えっと………」
「なんでござるか!?」
「あまり顔を近づけないでください」
「………あ、すいませんでした」
少し真面目に言うと素直に頭を下げてくれた。だって、フンガフンガと鼻息荒く迫ってきたので怖かったのだ。
「しかし、これでわかったでござる。国がダンジョンへの侵入を禁止した理由。きっと軍はステータスボードを手に入れてレベルを上げていて、人を超えた筋肉とか、物理法則を無視した魔法とか使っているでござるよ! 真実に遂に辿り着いたでござるな」
拳を突き上げて、顔を興奮で紅膨させながら、一人盛り上がる馬治さん。よく言っている意味が分からないけど、神の恩寵は12歳で貰えるんだ。それか、12歳になる前に死にそうになった時に、力が欲しいかと神様が尋ねてくれるんだよね。
と、馬治さんの背中をこづいで、服を抱えるあかねさんが口を挟んできた。
「馬鹿言わないでよ兄さん。軍がそんな力を持ってたら、今頃SNSはお祭り騒ぎになってると思うよ。でも、そんな話聞いたことないじゃん。写真1枚、動画1本も投稿されたのを見たことないよ。あれはかまいたちだと思うんだ。タイミングよくかまいたちが吹いたんだよ。ぴゅ~って吹いて真空が発生し、ゴブリンたちは身体を切られちゃったんだ」
「お母さんは手品だと思うわ。最近は不可能に思えることを手品の人はするの。本当になにもないところで、頭が外れたりするのよ。テレビで見てもさっぱりタネがわからなかったもの」
あかねさんと夜子さんは僕が倒したとは信じてくれない模様。えすえぬえす? しゃしんってなんだろ? 銅貨はわかるけど、お金が必要? 情報料とかかな。
「かまいたちとか、まだ手品の方が信憑性ある! うぬゆぬ、マセット殿、本当のところどうなんでござるか?」
「かまいたちだと思います」
「まさかの裏切り!」
「それじゃ手品の人で」
「答える気はないのはわかったでござる!」
絶叫して悶える馬治さんのリアクションが楽しいのでからかったけど、なんでこんな漫才をしてるんだろ?
「いえ、普通に切って倒したんですよ。ゴブリン程度なら、あれくらいできるハンターはうじゃうじゃいます」
「そんな普通に答えられても困るでござるよ! ハンターは老人ばかりで今や害獣駆除も難しいではござらんか!」
もはや発情した犬よりも興奮して叫び続ける馬治さん。困ったな。どう答えれば満足するんだろ? というか、この国のハンターはそんなに老齢化が進んでるのか。珍しいなぁ、老人ばかりとか初めて聞いたよ。
「はいはい。粗大ゴミは床にでも転がって兄さんのふりをしてて。まーくん、持ってきたから着替えてみて。すこしぶかぶかかもだけど、男の子でも着られるやつだからさ」
「妹よ。拙者は粗大ゴミだったんでござるか?」
胡乱げな馬治さんの視線をガン無視して、にこやかな笑顔であかねさんが服を一式渡してくれた。
貴族様がせっかく用意してくれたものだ。ここまでされたら断るなんてできない。
「ありがとうございます。それじゃ着替えますね」
この患者服、簡単に脱げるや。と、ポイと服を脱ぐと周囲がざわりとざわめく。
「ひゃー、ひゃー、兄さん見たら警察呼ぶから!」
「いや、マセット殿は男だから問題ないでござる。妹よ、なぜに鼻を押さえながら、拙者に足払いを仕掛けるのでござる!?」
なんだかワタワタと騒がしいのでさっさと着替えをして数分後。
「おぉ~、ちょ、ちょっと信じられない。私の服が天使の服に昇華されちゃったよ」
「むむ………本当に男でござるか?」
なぜか顔が真っ赤で興奮しているあかねさんと、絵画でも見るような目で僕を見てくる馬治さん。夜子さんも十三さんも感心したような表情だ。
「これ、鏡。ほらほら、自分で見てみて?」
「ありがとうございます。………こんなにも良い服を頂けて感激です」
カットソーにハーフパンツ。すこしぶかぶかだけど新品同様で似合っている僕の姿があった。というか、服装を見て感心したように演技をしたけど、実は感心したのは僕の姿だ。
青みがかかった艷やかな髪が肩まで伸びており、深い青色の気弱にも見える優しげな瞳、すらりとした鼻梁に桜色の唇。小顔で整った顔立ちは少女にも見える可愛らしさだ。声も少女のように可愛い声だ。
うん、嘘です。少女にも見えるというか、少女にしか見えないぞ? ちょっと可愛すぎやしないかな? 神様、ここまで可愛い顔にしなくて良かったのに。背丈も140センチ程度で小柄なのが少女っぽさに拍車をかけているんだけど。
「か、神様はいたんだ。私は2番目の恋を成就させるべく心に誓ったよ。くっ、鼻血を抑えなきゃ!」
初恋って、フラれたら、同じ人に恋しても2回目になるんだっけ?
「本当に男か疑問に思える姿でござる。く、ここは写真集でいいねをたくさんもらうチャンス。サムネは人外を見つけた、でござる。うへへ、不労所得万歳」
よく意味は分からないけど、ろくでもないことを考えてるのは分かるよ。
流石は兄妹。床に座り込み、エヘラと笑う姿は少し気持ち悪い。子供だよ。幼い子供相手だよ。正気に戻ってください。
「二人は放置して置いて良いけど、マセット君。それじゃ、軍の駐屯部屋に行こうか。あのゴブリンを倒した状況を聞きたいとのことなんだよ。なにせ、馬治が助かったのはマセット君のおかげと軍にやらなくて良いアピールをしていたからね」
「あぁ、お気になさらずに。わかりました、それではどこに行けばよいか教えていただいてよろしいでしょうか?」
十三さんが頬をかきながら申し訳なさそうに言ってくるが、いつものことだ。なので、ニコリと微笑み、2本のショートソードが収まっているベルトを背中にくくりつけて準備をする。
「あ、髪の毛邪魔じゃない? ポニーテールにまとめてあげる」
「助かります」
あかねさんが僕の髪を纏めてくれて、軍の部屋へと向かうのであった。さて、どんなイベントが待ち受けているのか楽しみだ。