78話 シェムハザ対僕
シェムハザは厄介な敵だ。どれだけのスキルをコピーしているのか分からないから、戦闘に対して予測ができにくい。
「マンセマットよ、そなたの戦法は知っておる。敵を解析し、下準備を万全にして必勝をもって戦う弱者の戦法じゃ!」
「僕は弱かったからね。手持ちの札を使い切るしか勝ち目はなかったんだ。でも、今は少し変わっているかもね」
「そううさ、悪党面から脱することができたうさよ!」
シェムハザの言葉にロロがぴょんと跳ねて反論してくれるけど、僕って昔はそんなに悪党面だった? 人懐っこいお人好しの顔だったと思うけど。
少し不満だけど、それは後でにしてシェムハザと対峙する。二刀を構える僕と、体の中から杖を生み出して構えるシェムハザ。その姿はどこからどう見ても老練の魔法使いだった。
ジュデッカ皇子とダンジョン探索をしていた時にシェムハザの力はしっかりと確認していた。彼は魔法の威力は少し弱く魔導具にて強化はしていたが、多彩な魔法を使い、少ししか違和感を僕に持たせなかった。それどころか、普通の魔法使いよりも遥かに優秀で、さすがは皇子直轄の魔法使いだと感心していたくらいだ。
「そこまで魔法を使えるようになったのは血の滲む苦労があったでしょうに。『ニート』のままではいけなかったのですか?」
僕にも経験があるからわかるけど、『魔法使い』系統と違い、魔法の直感的な理解を得ることのできない他の職業は魔法を覚えにくい。さらに『ニート』であらば、倍率ドンだ。
「ふ、それは今さらじゃな。儂は誰かを見返したくて、力が欲しくて魔法を学んだのではない。叡智を学ぶため、魔法の深淵を覗くためじゃ。そのためには悪魔にすら魂を売っても良い」
どこまでも魔法使いらしい発言に苦笑するしかない。たしかに魔法使いたちは強くなればなるほど、知識を得れば得るほどに、その選択肢を取ろうとする。
「この世界に来るまではその選択肢を取らなかったはず。なぜ今さらその選択肢を選んだのか教えてもらってよろしいでしょうか?」
油断なくシェムハザの周りを周りながら、僕は厳しい目で問う。シェムハザはあの歳まで魔物への選択肢を取らなかった立派な人だ。なのに、今さら? 不自然だ。
だが、シェムハザは表情を変えることなく、懐からなにかを取り出してみせる。見知った宝石だ。
「マセットよ、この宝石がなにか知っておろう。これこそは『勤勉』の紋章。悪魔の持つ力の一つ。━━━そして存在を昇華させる力を持つ欠片じゃ」
「シェムハザさん、天使になるつもりなんですね!? 不老不死どころか、世界の子を辞めるつもりですか?」
キラリと光る宝石は僕の持っている宝石と同じだ。ミカリンが言ってたことはそういうことか。めんどくさい力を持った欠片をばら撒いたようだね。
「この欠片の力を解析してみた。たしかに次元の昇華をもたらす能力があると思われる。ならば、魔法を追求するものとしては、拒む必要はあるまい?」
「理解しました。僕でも同じ立場ならそうしていたでしょう。ならば、ここで禍根を絶ちましょう。清廉潔白、品行方正、気弱でお人好しのハンターマセット。万魂の魔王の討伐を開始します」
チャキリと短剣を構えて、呼気を吐く。
「深淵を求めし魔法の追求者シェムハザじゃ。真理を求めるものとして、マンセマットよ、汝の持つ力の欠片をいただこう!」
杖を構えて不敵に笑うシェムハザ。僕たちは睨み合い━━━戦闘を開始するのだった。
◇
『鳥よ、純白よ、神罰よ、飛べよ、穿てよ』
シェムハザの詠唱に合わせて、白き鳥が杖から生み出されると、空へと飛んでいく。その数は4羽。
「見たことのない魔法? それに詠唱が変だ」
「繋がりが無い詠唱文うさ。なんだろーね?」
警戒度を上げながら、僕はロロと共に空とシェムハザの挙動を観察する。僕のつぶやきを聞き、髭に覆われた口元を歪めるシェムハザ。
「この詠唱は儂だけが使える唯一無二の魔法。意味が分からないであろう。では、本格的にゆくぞ!」
『縄は蛇のように。縄は燃え盛えさかり、捕縛するかのように喰らいつく』
続けてのシェムハザの魔法。杖から炎の蛇が何匹も生み出されると、地上に落ちていき、首をもたげると、這い寄ってくる。
『氷の吐息よ』
対抗して氷華にて吹雪を炎の蛇に放ちながら駆け出す。身体強化した人を超えた速さで移動すると、白き矢のように先ほどの魔法の鳥が通り過ぎてゆく。
「自動追尾式の魔法ですか。これはめんどくさいことをしますね。魔法使いとして正しい戦略です」
「あの英雄マンセマットに褒められるとは儂も嬉しいぞ。しかし、感心するのはまだ早い!」
『雷よ、球となり空に滞空し、遊弋せよ』
続けてのシェムハザさんの魔法。僕の周りにいくつもの雷球が発生する。高熱であることを示すように激しく放電している。これでは回避する場所も限られてしまう。まずいな、これは。
「親分、逃げ道を塞がれているうさ!」
「あぁ、こちらの動きを封じつつ大きな魔法でトドメを刺す魔法使いの王道戦法だ、でも、発動が早いし、なによりも一つ一つが牽制を通り過ぎて致命的な威力を持ってるよ」
さすがは魔王だと舌打ちしながら、わずかに開いた隙間を走り抜ける。地面からは氷の吐息を免れた炎の蛇が這ってきており、空からは白い鳥が僕を狙って滑降してくる。その上に雷球による行動阻害とはね。
「はぁぁっ!」
だが僕も負けるわけには行かない。氷華に魔力を込めると、氷の刃を伸ばして雷球を切り払い、鳥をスウェーして躱し、噛みつこうとする炎の蛇を氷の壁でやり過ごす。
「その程度では足止めにもならんか。ならばこそ、儂も本気を出そう」
『爆発せよ、破砕せよ、粉砕せよ』
シェムハザの魔法発動により、空間が歪み高熱源のエネルギーが解放されようとする。爆発系の魔法だ。出現しようとする魔法へと、魔力の糸を伸ばすと阻害する。
『魔散撃』
キンと鈴が鳴るように空間に斜めに光の軌跡が生み出されて、エネルギーの塊はズルリとズレると爆発する。本来は周囲を全て吹き飛ばす効果だったのだろうが、僕が一撃を入れたことにより指向が加わり、僕を巻き込まないように、半扇状に爆炎は広がり、屋上を砕いていく。
魔法の威力に耐えられるわけもなく、足元が崩れていき、僕は落下していく。シェムハザさんは翼を展開して、不敵な笑みで余裕を示すように空に浮く。
「なかなかやるね、シェムハザさん。ほっと、よっと」
まだ残る瓦礫を踏み台に、僕はトトンと空中を移動しながら二本の短剣の剣先をシェムハザさんに向けると魔力を集めていく。今度はこちらの番だ。
『竜の吐息、氷の世界。灼熱の世界。二つの世界は合わさり光の力となれ!』
炎華と氷華を合わせて、その力を一つにする。炎と氷の相反する力がぶつかり合い、純粋なるエネルギーへと変換されて、純白のブレスがシェムハザさんへと放たれる。普段ならこの大技でだいたいの魔物は倒せるんだけど━━━。
「ふ、判りやすい攻撃だな。そなたらしくもない」
『魔力の障壁よ』
たった一節にて、自身の前に三角状の障壁を作り出し、僕の魔法を受け止める。盲目になるほどの閃光が生み出されて、白い世界へと変える中でシェムハザさんは哄笑する。
「忘れたのか? 儂は魔王じゃ。以前とは比べものにならない魔力がこの体には内包されている。そなたの魔法では障壁を貫くことは敵わず!」
「もちろんわかってるさ、シェムハザさん」
「なにっ!」
だが、閃光の中で僕はシェムハザさんの懐へと飛び込んでいた。間合いを詰められるとは思っていなかったのだろう、目を見開き驚くシェムハザさんに、僕は炎華と氷華を振るう。既に魔力の糸は展開済みだ。
「もちろん魔法使いを殺すには近接攻撃に決まってるでしょ!」
この閃光の中ではシェムハザさんは気づかなかったみたいだけどね!
「ロロ!」
「うさーっ!」
『氷炎首刈り十字斬り』
僕とロロは同時に神技を発動させる。二つの神技が合わさり、シェムハザさんの体へと炎と氷の軌跡が走り、ロロの繰り出す首刈りがその首を切り落とす。
連携神技、僕とロロの必殺技だ。最近練習していた連携技は見事にはまり、シェムハザさんをバラバラにする。
だが、少しの違和感。ほんの少しの違和感を覚える。━━━弱すぎる。ドッペルゲンガーの力を使うこともなく死ぬのはおかしい。
「ふふふ、汝の違和感は正しい」
「むっ! まだ生きてるのか!」
首が切り飛ばされているのに、シェムハザの顔には余裕があり、分断された肉体から血がスライムのように体を繋いでいることに気づく。
『ブラッディバースト』
そして、周りに撒き散らされたシェムハザの血に魔力が収束され、爆発を起こす。あまりにも近い爆発に、僕は強い衝撃を受けて吹き飛ばされる。
「ぐうっ、この力はまさか!?」
「貴様の推測は当たっていると伝えておこう!」
苦痛で顔を歪めて、敵の使った魔法の正体に僕が顔をしかめると、シェムハザは分断された体を血を媒介につなぎ直し、元の姿へと戻っていく。
落下していく僕は体をひねり体勢を立て直し着地する。足をつけた個所が凹み、ヒビがクモの巣状に広がっていく。傷だらけとなり、口から血を吐いてしまう。
白い翼を羽ばたかせて、シェムハザはゆっくりと僕の目の前に立つと、余裕ありげに腕を組む。それはそうだろう。余裕に決まっている。
「それは吸血鬼の力………再生力と血の魔法………始祖の力だね?」
「ど、どういうことうさ? あいつはドッペルゲンガーうさよね?」
僕の頭の上で混乱したロロがポフポフ頭を叩いてくるが、僕はシェムハザの正体がわかった。最初に言ってたじゃないか。ジュデッカ皇子の理想などどうでも良いと。
「シェムハザさん。もう一つ力の欠片を持ってるでしょ?」
これは問いではなく、確認だ。断定口調の僕に、シェムハザさんはククッと嗤う。
「そのとおりじゃ、マンセマットよ。儂はもう一つ力の欠片を持っている」
懐から取り出したのはさっきと同じような宝石であった。
「この印は『純潔』。そしてこれを持っていた魅惑の魔王たる始祖の吸血鬼は既に殺して、その力を吸収しておる」
シェムハザさんが笑いながら、二つの印を取り出すと、印は圧力すら感じさせる光を放つ。
「さぁ、『勤勉』と『純潔』の2つの力を併せ持つ儂の力を見よ!」
そうして、爆発的なエネルギーが解放されて、突風が巻き起こり、シェムハザさんの背中からもう一対の白い翼が生えてきて4枚の翼が展開される。
「次元を超える縁に儂は足を踏み出しておる。マンセマットよ、そなたの持つ印も貰い受けようぞ!」
圧倒的な力を解放するシェムハザさんに、僕は落胆しかない。魅惑の魔王はどこにいるのかと思ってたけど、まさか倒されていて、2人分の力を持つ魔王と戦わないといけないとはね。
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