74話 名古屋に入る僕
ブ~ンと、警笛が鳴り船が海を進んでいく。僕はこの世界に来て始めての船旅を楽しんでいた。波は凪いでおり、魔物も出現しないため、とても優雅な旅となっている。と、いっても名古屋まで3時間程度、あっという間に到着するんだけど。
「まだ動くフェリーなんてありましたのね、新幹線だと1時間でしたっけ?」
ローズさんが潮風に煽られて飛ばされないようにかぶった帽子を押さえて、遠くに見える陸を見る。白いワンピースに帽子という深窓の令嬢といった言葉がよく似合う。
「てれってててー。海に落ちた兄さんの代わりに私が魔王を倒すよ! パパ、ママ故郷で勝利の報告を待っていてね」
「あかね、馬治さんは死んでないよ? 今は東北に逃げた国会議員を追跡する部隊にいるんだからね?」
マントを羽織り、安い宝石のついたサークレットを付けたあかねさんが天へと拳を掲げて誓っていると、実乃梨さんがその姿を見て、苦笑いを浮かべる。随分仲が良くなったみたいでなによりだ。
「それにしても、わたくしが交渉人でよろしいのでしょうか?」
「名古屋の偉い人に魔王が潜入してるから、自由に行動することと、支援をお願いしますって頼むだけですよね? 借金も返済し終わったと聞いておりますし、もうやることもないでしょう? これからは僕の家臣として頑張ってくださいね」
わたくしで大丈夫でしょうかと不安そうなローズさんはこの間のバッチの売り上げの手数料で借金を返済し終えた。両親は泣いて喜んでいたらしいけど、もはやこの世界はボロボロだ。円の価値は紙屑になるから、天貨で貯金をしていれば、すぐに返済はできたと思うけど。
成り上がる前に世界が崩壊しちゃったローズさんです。今度は僕の売るアイテムを扱うお店を作ってね。
ザザンと波が打ち寄せられて、船が少し揺れる。僕たちは名古屋に向かうために、あかねさんとローズさん、礼場さんたちパーティーとルルとあ~ちゃんだ。
「きゃー、みてみて〜、うみだお、うみ。あ~ちゃん、海さわりたい!」
あ~ちゃんは大はしゃぎで、舷側にしがみついて手を伸ばすので、落ちないように支えてあげる。落ちたら、なぜか小鉄さんが落ちたことになるから気をつけないと。
「そうですね、領主様。餌をぶら下げて、魚が釣れるか試してみたいです。やって見て良いですか?」
もじもじとしたルルが上目遣いで恥ずかしそうに聞いてくる。たしかに釣りをしたくなるよね。そして、恥ずかしそうにするルルはとても可愛い。
「もうロロをぶら下げてるうさ! 水面に牙を生やした魚が見えるうさ、うさー! ほっ、よっ、たあっ」
でも、僕の使い魔を餌にするのは禁止ね。
ルルの手元にある竿の先、プラーンとぶら下げられているもふもふうさぎのロロが手足をジタバタさせて泣いていて、時折海から飛び出してくる魚の噛みつきを躱していた。
「魔王を倒す手伝いだけでも、ローンの返済は可能となります。なので、あかねさんには頑張ってもらいたいうさ」
キリッとつぶらな瞳を細目にして、ローン担当ウサギのチサがスンスンと鼻を鳴らす。ローン担当ウサギは他のウサギよりも真面目なところが特徴なんだ。あかねさんの頭の上に寝そべり、くてーとしながら日向ぼっこしても真面目な方なんだ。
「それにしても魔王討伐か………俺たちで大丈夫だと思うかい、マセット君」
礼場さんたちは難しそうな顔で不安が顔をよぎっている。
「無理ですよ? 礼場さんたちの階位では普通は経験値の糧にされるだけです」
平然とした顔で言うと、なぜか皆は焦った顔になる。
「ええっ、倒せるから来たんじゃないのかい? あ、そうか、マセット君が倒せるから、俺たちはその支援か」
「支援でも無理だと思います。階位15では蹴散らされるだけです」
「それじゃなんで連れてきたんだい!?」
青褪める礼場さんたちの顔を見て勘違いしていることに気づく。
「いえ、これは普通の魔王の場合です。今回は人類圏に潜り込んでいる魔王なので、支援なども十分役に立ちます。操られたり、人類を裏切ったりしている輩を排除してもらいたいんです」
「あぁ、そういうことか、びっくりしたよ。そうか、城の奥で椅子に座って待ち構える魔王ではないもんな。コソコソと隠れ潜む魔王なら弱いのか?」
胸を撫で下ろし安堵する礼場さんたちだけどそれは違う。
「魔王は決して弱くはありません。今回隠れているタイプは隠蔽能力が高く基礎ステータスは低いのでしょうが、それは他の魔王に比べたらの話です。普通の魔物よりもはるかに強いです」
それにたぶん人間が魔王になったパターンだろう。ジュデッカ皇子の配下に違いないと最後の言葉は口にしないでおく。
魔王が異世界の住人ということは秘密だ。いずれはバレるだろうけど、今は教える必要はない。無用な混乱が起きるだろうし、異世界アイテム不買運動なんか起きたらとっても困る。主に僕が。
「そう、油断できないということなのねっ、それじゃ、魔王はどんなタイプだと思うの? 魅惑の魔王というには、サキュバスかしら?」
「サキュバスかぁ。あれって本当のところどうなんだろうな、扇情的な服を着ているんだろ? デヘヘ」
「あんたはヨージョヨージョ言ってれば良いの、バカっ!」
顔をにやけさせて常に余計な一言を口にする小鉄さんは初さんの蹴りを受けていた。いつもの夫婦漫才だけど、生暖かい目で眺めながら、魅惑の魔王の正体について考える。
たしかに名前から想像すると、サキュバスかインキュバスだ。でもあいつらは弱いんだよ。精神に攻撃を仕掛けてくるから厄介だと皆は言うけど、僕に精神攻撃は効かないんだよね………。なので、サキュバスたちならボーナスバトルになる。
「サキュバスならいいですね〜」
「え~っ! マセットちゃんもそうなの? それじゃ魅了されないように私が抱きしめておいてあげます!」
「むぎゅう」
実乃梨さんが僕のつぶやきを聞いて、焦った顔で抱きしめてくる。豊満なる胸をグイグイと押しつけてくるので、少し困っちゃうよ。
「駄目だよ、実乃梨! まーくんへの抜け駆けはしないようにって決めたじゃん。まーくん、私の体も味わって!」
「むぎゅう」
あかねさんがムキーと怒って抱きしめてくる。とっても苦しいし、僕は神様一筋なのでお色気は効かないんだよね。
「羨ましいっ! 俺もハーレムを作りたい。モテたいよ〜」
「最近金回りが良いからもててるだろ? 最近いつも女とデートしてるじゃないか」
「まぁ、そうなんだけど。様式美ってやつ? でも金があると本当にモテるよな。格差社会を感じたぜ。金目当てっていうか、基盤がしっかりとしてると、普通の子も声をかけてくるから、やっぱ金なんだよ」
悔しがるふりをする田草さんが、礼場さんのツッコミに苦笑いで答える。たしかに性格の良い女性でも、貧乏で優しい人よりは、金があって優しい人を選ぶ。これは金目当てというより、この先の将来の生活を考えてだ。まぁ、僕の女性観はいいや。僕の好みは世界を支配したい系の女性だから。
「皆さん、そろそろ名古屋港に到着します。到着後、知事との会談を予定しておりますので、よろしくお願いします」
スーツ姿の神経質そうな男性がメガホンから声を張り上げてくる。さて、異世界での第二の都市の出番だね。
近づいてくる港を前に僕はハンターとしての好奇心を露わに微笑むのであった。
◇
「なんだか静かな港ですね。人気がないんですけど?」
船が埠頭に到着し、さっそくタラップから降りる僕達。ても、埠頭は薄っすらと霧がかかっており、人の気配がまったくない。
コンテナが積み重なり、放棄されたクレーンに取り付けられているワイヤーが風に揺られている。本来はうるさいはずの埠頭は人影一人見えなくて誰もいない。
「ぶ、不気味だな。なんかこういうシチュエーションを映画で見たことあるんだけど?」
「誰もいない静寂の世界なのに、いきなりゾンビが大量に現れるのよね。それで大混乱になるパターン。あんたら、知性がないゾンビなのに、うめき声一つ上げずに隠れ潜んでたのって、文句を言いたいシーンよ」
ブルブル震えながら、小鉄さんが刀を抜いて恐る恐る先に進み、杖を握りしめて、小鉄さんの後ろに続く初さん。たしかに不気味だ………。
「ロロ、敵の気配はわかる?」
こういう時、ロロに任せるに限る。ロロなら鋭敏なる小動物の感覚で敵の気配を探れる。
「まつうさよ、親分。むーん、ロロラビットイヤー!」
地面に座ると長い耳をピンとたてて、真剣な顔でロロはお鼻をスンスン鳴らす。少しの違和感も見逃さないと、つぶらな赤い目はきらりんと光る。
その横をあ~ちゃんが鼻歌を歌いながら、ポテポテ走っていき、コンテナの影とかを覗き見る。
「あ~ちゃんが鬼〜。かくれんぼしゅる人、こっちおいで〜」
誰か隠れているかと、ちょこまかと走っていて、微笑ましい。
「領主様、私は戦闘は不得意なので、ここでお待ちしておりますね。船の上で武運をお祈りしております」
優しい心のルルは船の上にサマーチェアを置いて、寝そべってジュースを飲んで見送ってくれた。ついてきたのはいいけれど、この先は面倒らしい。ということはついてこない理由があるね。
「むっ、わかったうさ! 親分、この周辺には━━━」
「きゃー、隠れているゾンビみーつけた!」
ロロが報告しようと顔を上げるが、コンテナの陰からあ~ちゃんの楽しそうな声が聞こえてきてしまった。
「ァァァ」
「なぁぁ」
「うぃりりりり」
見るとボロボロの服を着込み、肉はえぐれて骨を覗かせて、白目を剥いている死人ゾンビが歩いてきていた。一体ではない、どうやって隠れていたのかと疑問に思うほどに、大量のソンビたちだ。ノロノロと歩いてきて、僕らを獲物と見て迫ってくる。
「敵襲! 敵襲!」
一緒にきた兵士たちが僕から買い取った鉄の剣を構える。彼らも改宗済みでハンターとしての力を発揮できる。
「どうやら名古屋に到着するのが少し遅かったようですね」
僕も炎華を構えながら、ため息をついてゾンビたちに対峙するのであった。
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