72話 騒然とする世界と僕
「国会議事堂は今日は予算会議でほとんどの議員が集まってましたよね?」
「はい。空間から現れるのではなく、先日と同じく地下から出現したとのことです。タイミング悪く大勢の議員がいたため、被害は拡大したとのこと! 急いで駐屯所に戻り、状況を把握する必要があるかと」
十三さんは当然の報告に迷った様子を見せるが帰らなかった。
「今僕が帰っても軍の指揮権限もありませんし、無意味なだけです。マセット君との話し合いの方が優先でしょう」
「事務次官。ここは私にお任せください。ここで取引のすべてが締結するわけでもなく、草案どころか、最初の顔合わせでしょう? 重要な取引は次回以降に詰めることになると思いますし、私が今回は大役を致します」
クイッとかけた眼鏡の位置を直しつつスーツ姿がピシリと決まっていて、長台詞を一回も噛むことなく、ノーブレスで一気に言うむつみさん。さすがだ、尊敬しちゃうよ。
「じむじかんしゃん、ここはあたちにおまかしぇ……押しくらまんじゅう? まぁしゃんなんだっけ? 本くだしゃい。おきゃくほんくだしゃい」
もちろんかっこいいむつみさんをみて、あ~ちゃんも真似をしたくて、僕の裾を引っ張るけど、脚本を持っていそうな銀髪メイドは奥に引っ込んで、鼻歌交じりに料理を作って……作っているベルさんを眺めている。怠惰すぎるメイドである。
「いや、ここで私が戻っても、指揮権限はないし、下手に口を出そうとすると煙たがられるだけだ。上層部が襲撃でだいぶ亡くなったからね。誰が後を継ぐか、この期に及んでも権力争いをしてるんだ。放置しておこう」
「既に日本軍は5割以上の戦力を失った。しかも敵には数多くの重火器が渡ったと見ている。もはや権力争いをしている場合ではないというのにな」
兵士の一人が渋い声で話に加わる。この人も見知った顔だ。
「美原さんでしたっけ? 少尉でしたっけ?」
「久しぶりだな、マセット君。このタイミングでの出会いは奇貨となるか、日本最後の幸運だと思いたい」
軍のベテラン兵といった戦場がよく似合う渋い顔立ちの男性は美原さんだった。1回しか会ってないのに、よく覚えていたね。緑の服を着ているが泥で汚れており、血もついていそうだ。まるで戦場から戻ってきたばかりのようである。
握手を求めてくるので、素直に握手を返して、再度十三さんに向きなおる。主導権はこの人が持っていそうだからだ。
十三さんは深刻そうに頷くと、僕へと目を合わせる。
「昨日のことなんだが、私たちの駐屯所、そして日本各地の軍基地が同時に襲撃されてね。多数の車両を失い、さらに最悪なのは保管してあった重火器を奪われてしまったということだ。油断していたと言われれば言い訳できないのだが、まさか魔物たちが重火器を奪うとは思ってもいなかった」
「あれだけ銃で仲間を殺されていれば、銃は引き金を引くだけで敵を簡単に倒せるんだ。敵が欲しがるのは当然だったのにな。俺たちだけが銃を使えて、相手は使えないと思い込んでしまった。大失態だ」
十三さんと美原さんが苦々しい顔となり、ルルが静々とテーブルにサンドイッチとコーヒーを置いてくれる。注文これだっけ?
とはいえ、話の内容は理解できた。ゴブリンたちを簡単に倒せる銃は脅威だ。魔法障壁で防げそうだとはわかってるけど、魔力を持たない日本人に銃口を向けられたら、ただではすまない。数多くの人々が死ぬだろう。
「今回、私のいた駐屯所は他の軍基地と違い、壊滅的な損害を受けるのを免れた。それはあかねの、いや、チサさんの機転のお陰だったんだ」
あかねの肩の上に乗って、じ~っとテーブルに置かれているサンドイッチを見詰めているみみうさぎ。ハンターギルドの借金回収うさぎだ。チサっていうんだっけ。
「あかねが言うには、敵に対して異世界の国からの援軍が来たと誤認させるように振る舞ってくれたということだ。あかねも信じられないようなアイテムを持っていたしね。聞いてみたところ、マセット君にもらったと言うじゃないか。なので拠点を聞いて、すぐにやってきたんだ」
「取り引きを求めたいなら、最初の報酬をもらいませんといけません。この土地の分譲、帝国への帰属は譲れないです。この話が進むまでは、国としての大きな取引は出来ませんね」
譲らないマセット君です。ハンターは報酬に対して絶対に譲らない、踏み倒されない、確実に貰うのだ。
「報酬が支払われない場合、ハンター流の報酬の支払いをお願いすることになります。僕としてはとても遺憾ながら時折そのように踏み倒す人がいるもので仕方ないんです」
「マセットは絶対に報酬を負けないうさよ。皇帝相手にも譲らなかったのは有名うさ。どんな圧力にも負けないハンターマンセマットうさね」
コショコショとあかねさんの耳元に囁くチサ。それだと僕が極悪人に聞こえちゃうじゃん! 僕は皇帝陛下が報酬を負けてくれと言ったので、宝物庫に忍び込んで報酬を支払うように大陸宝級魂契約の書を皇帝陛下に使っただけだよ。皇帝陛下は喜んで報酬を支払ってくれたから、まったく問題はなかった。
「うむむ………そうか。それじゃ、これは確実に遂行しないといけないな……。うまくいくか………」
困り顔の十三さんだけど、大丈夫だと思う。だってちっこい土地だもん。ここが認められたら、異世界との交易都市にするんだ。
「十三さんの方は難しそうだな。それじゃ俺はどうだい? 別に契約もしていなかったし、取引は可能じゃないかな」
美原さんが苦笑しながら尋ねてくるが、それは裏技じゃないかなぁ。国としての取り引きはできないよね。でも、お人好しの僕は彼らの危機的状況も理解できるから少しだけ武具などを流通させても良いだろう。
「しょうがないですね。ではローズさん、お任せします」
「え? ここで振りますの!? そ、そうですわね、ここでネゴシエーターの力を見せる時ですわ。えぇと美原様でよろしいでしたか? なにをご所望でしょう」
凍ったようにカチンコチンになりながら、ローズさんが引き攣った顔で言う。彼女が僕の代理人だ。日本のしきたりとかよく分からないからね。
「日本人が代理人なのか! それなら助かるよ。君には銃弾を防ぐアイテムを大量にお願いしたい。これは緊急だ」
「銃弾を防ぐアイテム? そんなのありましたっけ?」
コテリと小首をかしげて不思議そうにするローズさんだけど、僕も同じだ。そんなアイテムあったっけ?
「あ~、ほら、まーくんにもらったバッチあったでしょ? あれって魔力を持たない攻撃はシャットアウトしちゃうんだよね。私も敵に撃たれたんだけど、空中で銃弾が停止して驚いたもん!」
「…………!? それは意外な効果でしたね。そうか、この世界の武器は基本的に魔力が流れていない。だから銃弾も完全に防げちゃうわけですね」
あかねさんがわたわたと手を振って教えてくれる内容は衝撃だった。そうか、あのアイテムがあればこの世界の武器は全て無効化できるのか。
あれはゴミアイテムである。クリスマスイベントの参加賞。マモン様が発注を二桁間違えて、投げ売りされているアイテムだ。子供のお小遣いでも買える値段なんだよね。屋台で売ってる焼きとうもろこしの方が高いくらいだ。
その値段は300天貨。格安なうえに大量に買い込むことができる。
「そうなんだ。敵はこちらの銃火器を強奪した。無効化するアイテムの入手は喫緊の課題なんだ」
「でも、あのアイテムが出回ると、この世界のパワーバランスは壊滅しますよ。もう銃火器を使って戦うことはなくなるでしょう。まぁ、あのバッチは極めて希少なのでそこまで量は手に入りませんが」
勢い込んで言ってくる美原さんが、ウッと身体を仰け反る。銃火器が使えない世界。この世界の基本である銃火器の意味がなくなる影響は計り知れない。そして、ロロが僕の顔をまじまじと見てくるけど、なにか言いたいことがあるのかな?
「………仕方ないだろう。遅かれ早かれ、銃火器は使えなくなると思っていたんだ。武器の生産も難しくなってきていたし、そもそも銃火器が効かない敵も多くなっていた。ここが転機となり、世界が混沌としても………そのアイテムを手に入れるべきだと思う!」
重い決断をした美原さんには拍手しかないよ。素晴らしい。僕も頑張ってバッチを手に入れたいと思います。玩具屋のワゴンセール品を調べればなんとか手に入るかも。
「そうだな………そうだ。ここで躊躇うことは日本の崩壊を進めるだけだろう。わかった、マセット君。この土地の分譲を許可しよう」
「軽尾事務次官!? それは無理では?」
十三さんの決意した言葉に、周りが驚くけど、その表情は変わらなかった。
「皆も分かっているはずだ。もはや国会議員は日本を滅ぼす獅子身中の虫でしかない。平和な時ならば問題はない。しかし今の状況では滅びの時間を早めるだけだ。マセット君……銃火器を防ぐバッチを大量に頼む。そのバッチを手に入れ次第」
「大丈夫ですよ。領主様に言われて千個のバッチは用意してあります」
サンタの顔がイラストされているバッチがザラザラとテーブルに置かれる。見るとサンタの持つ袋をひっくり返すルルの姿があった。たしかに在庫あったんもんね……。でも、サンタのイラストは消しておいても良かったんじゃないかな?
「これがあかねの持つバッチか………そうか、これが………くくく、そうか、これが」
バッチを一つつまんで、サンタマークに気づいて、十三さんは笑う。玩具だってバレたかも?
「1個一千万円で良いですよ、ね、ローズさん?」
「ええっ! ま、まぁ、それくらいの値段かしら、オーホホホ」
動揺するローズさんだけど、なんとか気を取り直すと高笑いをする。
「全て買おう! 美原君、国会議事堂は襲撃されて救援を求めているらしい。議員を全て拘束して、保護するんだ。軍の司令基地の高官も同じく保護したまえ」
「事務次官………それは………」
「あぁ、私に賛同する者たちも集め給え。私も決断したよ。腐った箇所は取り除かないとならない」
十三さんの言葉に従い、兵士たちが出ていく。なにか重要なことが起きたみたいだねと、僕はサンドイッチの葉っぱをロロにあげつつ見守り━━━。
数日後、日本は軽尾十三さんの率いる軍によるクーデターを受けて、新たなる日本に代わるのであった。
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