69話 新たなる魔物
━━━あかねたちが軍駐屯所に訪れる数時間前。
駐屯所はその名よりも規模を大きくして、既に軍基地のレベルにまで拡張されていた。これは各地の魔物たちとの戦闘により、徐々に人類の戦力が削られていることから、統廃合が行われていることと、東京という首都を、いや、自分たちの足元が不安になってきた政治家たちが戦力をなるべく集めるようにと軍に指示を出したことによる。
これは戦時下によるシビリアンコントロールが最悪の形となって表れていることを示されていた。本来ならば必要な基地に戦力を送られることがなく、国民を守るためという、おためごかしのお題目で、待機しているだけで戦力として活用されない戦力が増えてしまっていることにもなってしまっていた。戦争を知らない民間人による指示により、放棄した軍基地は多くなっている。
6区統合駐屯所と改名された駐屯所にて、整備士は、そのことにうんざりしながら戦車を整備していた。
「やけに戦車が多いじゃねぇか、また送られてきたのか?」
レンチを手にして、オイルを頬に付けた老齢の整備士は新たに送られてきた戦車を見て舌打ちする。六輪タイヤの小型戦車砲と重機銃を搭載した小回りの利く軽戦車だ。無限軌道ではなくタイヤを採用しているところから、多数の敵を倒すことと、市街戦を想定されていると見える車両だ。
「えぇ、ピカピカの新品ですよ。ビニールカバーを外すのやっていいっすか? 日本もこんだけ新型が開発されてるんだから安泰っすよね」
部下の若い男がおどけて肩を竦めるので、じろりと睨む。苛立ちが増すが、それを若いもんに伝えても分からないだろうと、口から飛び出そうとした罵詈雑言を抑えてしかめっ面になる。
なぜ最新型が、都内の駐屯所に送られてくるかの意味が分かっていない。本来は最前線で使われなくてはいけないはず。しかもビニールシートが貼られている新型をベテラン整備士がなにをメンテナンスすれば良いというのか。
(儂も含めて最前線に配置されなきゃならねぇんだ。魔物をどんどん倒して、人類の生息圏を増やさなけりゃならねぇ。上は戦力が揃い次第反攻作戦に出て魔物を駆逐すると言ってるが………楽観すぎやしないか?)
たしかに大本営のこの間の発表では、東京都決戦で大勝利をおさめて、被害も微細であり魔物など恐るるにたらずとアナウンサーは誇らしげに言っていた。現場にいた老齢の整備士もそれが真実だと知っている。数十万匹の魔物たちを数百人の損害だけで殲滅したのだ。楽観的になるのも分かる。分かるのだが………。
(こんなところに戦力を集めてどうすることやら。また予算会議やらで反攻作戦に出るまで時間がかかるに決まってる………)
民主主義とはなんなのかと、ため息を吐きながら、レンチを片手に車両へと近づき━━━。
次の瞬間、ドーンと大きな爆発音が響いたことにビクリと体を震わす。
「な、なんだ? どっかのバカが実弾でもぶっ放したか?」
以前に操作方法を確認していた兵士が実弾を誤って発射したことを覚えていた整備士は音のした方向に顔を向けて怒鳴る。他の整備士たちや兵士たちも同様に音のした方向へと顔を向け………駐機場から煙が立ち昇っている様子が目に入ってくる。
次いで、銃声が連続して響き渡り、皆に緊張が奔る。
「なんだ!? まさか魔物が現れたのか?」
老齢の整備士の言葉に手でひさしを作り、若い整備士が目を凝らして顔をしかめる。
「そ、そうみたいです。え~っと、最近よく見る大さそりみたいですよ、整備長!」
「ちっ、またぞろ空間から湧き出てきたってやつか。お前ら、引火しないようにガソリンやオイルを避難させとけ。兵士たちにさっさと魔物を駆逐するように言っとけ!」
舌打ちしつつ、被害を抑えるべく素早く指示を出す。空間から急に現れる魔物たちは悩みのタネであり、一箇所に燃料などを集積できない理由の一つだ。
『敵の襲撃あり。第一種戦闘に移行せよ。繰り返す、敵の襲撃あり。第一種戦闘せよ』
警報が鳴り始めて、にわかに慌ただしくなり、老齢の整備士もオイル缶を仕舞おうと車両脇に置かれているオイル缶をつかもうとして、再びの爆発音と共に爆風に煽られて身体がよろけてしまう。
「おやっさん、大丈夫ですか?」
「おぅ、大丈夫だ。それよりも駐屯所内で戦車砲をぶっ放した奴がいるのか。どこのアホだ?」
この程度でよろけるとは、もう歳かもなと心の片隅で思いながらも誤魔化すように言うと、爆風を付けた方向に顔を向ける。
「おかしいっすね、大さそりなら最近配備された重機銃で倒せるはずなのに………!? な、新しい魔物!?」
戦車砲を受けた中心地は爆煙により視界が通りづらくなっているが、煙の合間に人影が垣間見えた。古代スパルタ人が着ていそうな鉄鎧を着て、片手に槍、もう片方に盾を持っている。
が、その姿は人と言うにはあまりにも大きかった。上半身しか見えなかったが、巨人とでも言うのだろうか、上半身だけで5メートルはありそうだ。その体は筋肉質で、鍛えられた戦士のように見える。
「なんだなんだ、大さそりの次は巨人が相手ってのかよ?」
巨人とはいえ、人間にそっくりな魔物を倒すのは少し罪悪感があると顔をしかめる老齢の整備士だが、部下は風のより薄れていく爆煙の中で顔を引き攣らせる。
「いやあれは………あれは巨人じゃないっす! あ、あれは、サ……」
「サ?」
「パピルサグ!」
慄きながら叫ぶ部下だが、老齢の整備士はなんで驚いているのかよくわからない。そもそもファンタジーとは無縁の生活をしていて、知っているのは腕輪物語が映画で大ヒットしていたなぁくらいだ。ゲームもやらないしアニメも見ない自分にとってはハードルが高い。
「パピルサグは、上半身が人間、下半身がサソリという魔物っす。半神とも言われているけど、強力な魔物であることは間違いないっす!」
「なんだかよくわからねぇが、強い魔物ってーんだな? なら、さっさと倒さねぇと……うん? あれは!?」
被害が大きくなると言おうとして、パピルサグを包む爆煙が風により完全に消えた後を見て言葉を失う。たしかに巨大な大さそりの下半身が戦士の上半身についていた。だが、驚くべきところはそれではなかった。
「おい、地面に穴が空いてやがるぞ! あいつら急に現れた魔物じゃねぇ!」
パピルサグの足元には大きな穴が空いており、続々と大さそりや小悪魔が中から出てきていたのだ。
「これはいつもの突発的な戦闘じゃねぇ! 計画された襲撃だぞ!」
この駐屯所は東京の交通の便が良い場所にある。最前線とは距離は遠く、魔物が考えなしに穴を掘って出現するとはあり得ない。
「ほ、本当だ! 奴ら、ここを狙ってきたやがったのか!」
「ちっ、そうみたいだな。おら、そうなると話は違え、お前らできるだけ器具を車に積んで避難するぞ!」
「へ? 逃げるんじゃないっすか?」
「バッキャロー、計画された襲撃ってことは、ここの物資を破壊するのが目的だ。となると、狙いは、うおっ!」
最後まで言う前に横を投げ飛ばされた戦車が部品を撒き散らしながら転がっていく。険しい顔でその様子を見ながら、さらに怒鳴りつけて器具を掴む。
「急いでトラックを回してこい! 時間がねぇぞ!」
「りょ、了解っす!」
部下たちが走り出して、重要な器具から積んでいく。老齢の整備士も息を切らせながら器具を積んでいき、横目で戦況を確認すると戦闘は激しさを増していた。
戦車が横並びになり、迫りくるパピルサグたちを迎撃せんとしている。
「あのアンノウンを撃破せよ!」
「目標視認、ターゲットロック!」
「っ撃てぇ!」
横並びになった戦車が、戦車の一つに搭乗して屋根に乗っている戦車隊大隊長の指示で一斉に戦車砲を撃つ。
大隊長は自身の率いる戦車隊に信頼を寄せていた。新型は多数の魔物を倒せる重機銃と、トロールすらも倒せる力を戦車砲を兼ね備えている。事実、最近ゴブリンに変わって現れるようになってきた大さそりやグレムリンも労せず倒している。
なので、新たなる魔物といえど、戦車には敵うまいと自信を持っていた。
「命中!」
戦車砲が何発も命中し、爆煙と共に爆風が吹き荒れる。
「うははは、冒険者なんだといっても、最後は火力が勝つのだ。続いて残敵の掃討を」
高笑いをして勝利に気を良くしながら指示を出そうとして
「お待ち下さい! アンノウン、今だ健在。いえ、ダメージ見られず!」
「な、なぬぅっ!?」
報告を聞いて、戦車砲をまともに受けて粉々になったはずのパピルサグを見ると、爆煙の中からゆっくりと歩み出てきていた。その身体は大さそりの装甲はおろか、人間の上半身にも傷一つない。
「ぶ、ぶわかなぁっ! 次弾装填急げっ、早くせよ!」
インカムを押さえながら、慌てて指示を出す。戦車の装甲を叩きながら、急げ急げと急かすが、パピルサグの人間部分が片手をこちらに向けてくるのに嫌な予感が奔る。
「まずいっ、全員降車っ! 戦車から離脱せよ! 魔法が来る予感がする!」
「は、はいっ、全員降車!」
慌てて飛び降りる大隊長に、部下たちも急いで脱出する。全員が脱出するのとほぼ同時に、パピルサグの手のひらが光り、岩槍が何発も放たれて、戦車に突き刺さるのであった。
その瞬間、戦車は爆発し大隊長たちは熱風に煽られながら、爆風により転がる。
「くそっ、相変わらず魔法に弱すぎる!」
罵りながら立ち上がる大隊長の目に、脱出しそこねた他の戦車が爆発し破壊されていく様子が入ってくる。
「ぬぉぉぉ、撃てっ、撃てっ!」
無事だった残りの戦車が戦車砲を撃つが、パピルサグに命中しても、その身体に命中する寸前に不可視のバリアでもあるのか押し留められて傷一つ負わせることができない。
そうして反撃の岩槍で撃ち貫かれて破壊されていく。他にもパピルサグが穴から出てくると、急速に接近してきて、戦車隊をその速度で翻弄しながら大鋏で掴み切断していくのであった。
「戦車が………儂の戦車が………くっ、遺憾ながら全員戦車から離脱せよ! 奴らは戦車を狙い撃ちしている。明らかに計画された襲撃だ、これ以上、人的被害を出すわけにはいかん! 戦車をおとりにして、全員離脱せよ!」
パピルサグの動きを見て、大隊長は敵の狙いが車両にあるのを見抜いていた。戦力減を狙っており、大さそりなどの小物が倒されないようにしているのだ。
そのことがわかっていても、対応は不可能だった。逃げる兵士たちの合間を縫って駐屯所という狭い場所を戦車が走り抜けることはできないからだ。もはや戦車を餌に一人でも多く兵士たちをのがすしか手はない。
「おのれっ、この借りは必ず返すぞ! ちくしょー!」
激しさを増す戦場で歯噛みし、大隊長は逃げるのであった。
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