61話 実乃梨の覚悟
魂を捧げるという意味合いは、決して軽く考えてはいけないものなんです。そんな言葉を実乃梨は仲間を見て、昔に聞いた覚えがあるなぁと思い出していた。
神様と称する者の神の洗礼を受けた仲間たちを見て、恐ろしいことだと感じていた。
「そろそろゴブリン退治も飽きてきた〜」
杖を支えに疲れた様子の初。ゴブリンばかりずっと倒してるから嫌になってきたのだ。
「金策にしても微妙だもんな。でも、幼女の安全マージンはとっておかないとな」
「自分の安全マージンにしろっ!」
それに対して微妙なセリフを言う小鉄に初が蹴りを入れる。
初と小鉄の相変わらずの夫婦漫才を見ながらも、以前とは違うことを肌で感じていた。
今は元江戸川区改めて、マセット村2号の領地を巡回して魔物を駆逐している最中だ。休憩をとっており、それぞれお茶を飲んだり、お菓子を食べたりと寛いでいて、その顔には疲れた以外の感情はなかった。魔物を殺す罪悪感も、死ぬかもしれないという恐怖も。
ついこの間までは、少しだけ魔物を倒す嫌悪感はあったし、死ぬかもしれないという恐怖もあったのに、今は度胸がついたように見える。だが、実乃梨は違うと気づいていた。神様の洗礼を受けた際に、その心が少しだけ変化したのだ。
魔物を殺す罪悪感はある。だが、それ以上に倒したときの力の向上を望む心が大きくなっていた。死ぬ恐怖よりも戦意が上回り、敵との戦闘は今まで以上にスムーズになっている。
大きく心が変貌した訳では無い。心の天秤を人差し指でチョンと軽くつついた程度。状況によっては罪悪感は力の渇望より上回るだろうし、敵と戦う戦意よりも、死ぬ恐怖が勝つ場合もあるだろう。
それはホラー映画が怖くて見れなかった者が、好奇心が勝って見てしまうように、激辛ラーメンなんか食べられなかったのに、辛さの中に眠る旨味を知りたくて食べてしまうように、ほんの僅かな変化だった。
皆は気づいていない。だが、実乃梨は他の人達よりも遅く神様の洗礼を受けたために、仲間の変化を敏感に気づけたのだった。
恐らくは魂を捧げたことに関係しているのだろう。良いことには思えないが、それ以上変化は見られないので、看過するしかないけど。
だって、あかねさんが言ったのだ。『このままだと魔物に殺されちゃう』と。それは真実だ。このままだと日に日に増加して、さらには強くなってくる魔物に対抗はできなくなる。レベルが上がらないで、武具も装備しないで、回復もできない状態で、魔物との戦闘などしたくない。
だから、神様の洗礼を受けたことは間違っていない。
それでも思うのだ。心をしっかりと保って、意思を確固と持ち、これからも生きていこうと。
「私はおかしくなんかならない。皆を守らないと」
カメラを強く握りしめて、空を仰ぐ実乃梨だった。その姿はまるで天に祝福された聖女のように見えるのだった。
「デジタルではないカメラなんかよく見つけられたわね、実乃梨」
初が私の持っているカメラを物珍しそうに見てくるが、安かったんだよ。たった二百万円だったんだ。
「うん! みてみて、マセット君の鎖骨が映ったレアな写真。うふふふふ、色気があってクラクラしちゃうよね。これで女の子じゃないなんて信じられないよ。あ~、一緒にお風呂に入って、性別を確認したいと思わない?」
仲良くなれば一緒にお風呂に入れるよね? 洗っこして仲をもっと深めよう! 二人で泡だらけになってみたいよ。
「男の場合どうするわけ?」
「え? 初……今はレジェンドフリーの世界なんだよ? ポリゴンの時代なんだから全然問題ないよ。多少年下でも大丈夫! 私は男の子でも女の子でもどっちでもオーケーだよ?」
なにを言っているのか分からないよ。そういうのいけないよ、初ちゃん。ライバルは会員番号一番のあかねさんだね。
「言葉も違うし、意味合いも違う! ショタに手を出すのは犯罪になるからねっ! いや、ロリに手を出すのも犯罪だから! くっ、アイドルの追っかけ気分だと思ったら、これガチだわ………」
これは注意しておかないととこめかみを押さえて呟く初に、何を言ってるんだろうと、実乃梨はピンとこなかったために、首を傾げてしまう。たぶん神様の洗礼で心が少し変化してしまったのだ。
初ちゃんたちを守らなくてはならない。私だけはまともでいないとと、実乃梨は再度天に誓うのだった。
◇
━━━コトコトと椅子が揺れて、軽い振動に眠気を誘われながら、実乃梨は窓の外を覗く。あれから魔物の討伐クエストを終えて、全員帰ることとなり、礼場の運転で街へと移動しているのだ。大型バンは去年発売されたばかりの新型車で、当時はかなり高価な車であった。
だが、今現在はガソリンの値段は山よりも高く跳ね上がっており、一般市民でも裕福な者か、冒険者しかガソリンを買うことはできない。そして、それに伴い自動車も売れなくなり、新型車もバーゲンセールとなった。
電子機器が壊れやすいので、特に半年以上前の電子機器を満載した自動車は昔のディーゼル車よりも安い。意外と礼場はケチなので、壊れやすいこのバンを選んだ。だいぶカスタムしたらしいが、椅子の柔らかさとか広さを重視したらしい。
閑散とした国道は、ほとんどが輸送中のトラックだ。移動の足として車を使う人がいなくなったために渋滞などは昔の話へと変わりつつあり、広々とした車道の多さが寂しさを感じさせる。皆もそうなのだろう、街に入るまではおしゃべりをしていたのに、口少なく車内は静かだ。
バンが道路脇に寄り停車し、運転していた礼場が後ろへと振り向くとニカリと笑い親指を立てる。
「それじゃ、今度は明後日だ。皆よく休んで英気を養っておけよ」
皆が暗い気持ちになっているのを敏感に感じとり、空気を変えるためにわざと明るく振る舞っているのだろう。それが礼場がリーダーたる資質を持っていると皆が認めているところだ。
「はーい、それじゃ、また明日」
実乃梨と初が降りて、田草と小鉄は車に残り手を振り見送ってくれる。あの二人はまだ住んでいる場所が遠いために、運んでもらうのだ。
「明日のために英気を養っておけよー!」
「そうそう、英気は重要だからな」
「明日にまで残るアルコールの匂いをした英気なら張っ倒すからね?」
おちゃらける二人へと、初が絶対零度の視線を向けると、田草たちは怖い怖いとおどけながら手を振るので、きっと帰る前に打ち上げをするつもりに違いない。
車が去っていくのを苦笑いで見送って、実乃梨と初は歩き出す。
「車は少なくなったけど、その分出歩いている人は増えたわよね」
「そうだね~、騒がしくなったよ。でも、活気があるのとは少し違うんじゃないかな?」
「実乃梨のいうことはわかるわ。なんか……ほら、以前に見た映画の第二次世界大戦中の日本みたい」
歩道は気をつけないと肩がぶつかるほど人が大勢歩いている。スーツ姿のサラリーマンや、学校の制服姿の若い子供たち、以前と変わらないように見えるが、それ以上に多いのが分厚い作業服を着込み、頑丈そうなリュックサックを担いだ者たちが多いところだ。
どことなく悲壮感があり表情は暗く、初の言う通り、まるで戦時中の街中の光景に見える。この先の未来に希望が見えず、悲惨な事が分かっているとその顔が物語っていた。その後ろにあるハンバーガー屋で子供たちがハンバーガーを食べながら、楽しそうにしている光景が皮肉げだった。
「う~ん、初ちゃんはさ………これからもこの街に家族と住むつもり?」
「ん? それは当然でしょ? 私にだって両親がいるんだし………実乃梨は違うの?」
「えっと………私は家族たくさんいるから」
実乃梨の問いかけに、初がコテリと小首を傾げるので、気まずげに話を続けようとして━━━。
「きゃー!」
通り過ぎたハンバーガー屋のガラスが砕けると音と人の悲鳴が響く。ガシャンとガラスが地面に落ちて細かく砕ける音と、人が倒れ込み鈍い肉の音が聞こえてくる。
「なんなのっ!?」
「モンスターみたいだよ、初ちゃん!」
「きぃぉっ!」
街中での突然の魔物の甲高い鳴き声。そして、店内から慌てて人々が逃げ惑い出てきた後に、カチャカチャとまるで木琴のような音を立てて、魔物が姿を現す。
「なに、こいつ? 見たことない魔物だわっ!」
「うん………大きな蠍だよね?」
砂漠に住んでいそうな蠍が店内からでてくるが、その大きさは2メートルはある。サソリ特有の硬い外骨格に、前脚にある鋏は邪魔だとでもいうように店内の柱を切ってしまう。尻尾の針は鋭く光り、毒が無くとも刺さったら人は死ぬだろう。大きさによる動きの鈍さはなさそうで、まるで等身大の黒い虫のようにカサカサと動くと、逃げ惑う人を鋏で掴むと断ち切って地面に落とす。
一瞬で阿鼻叫喚の様子となり、以前なら舌打ちをして冒険者はまだかと愚痴る人や、物珍しいとスマホで撮影する人がいたものだが、今は魔物の脅威が身に沁みているようで、振り返らずに逃げていく。
「あ〜、もうっ、初見モンスターなんて………うぬぬぬ、やったらぁ! ちょっと杖を持ってて!」
初が顔を真っ赤にしてぷるぷる肩を震わすが、何かを吹っ切ったように、杖を実乃梨に渡すと、構えを取る。
『ノックノック。美少女のノック。お家を見せてくださいな。ほら、可愛らしい美少女が訪れてますよ』
頭に手を添えて耳の形に広げながら、お尻をフリフリ、ぴょんぴょんと口ずさみ踊る初。顔は真っ赤で羞恥を耐えている。が、踊るのはやめることなく、魔法を使う。
『大さそり:階位8』
「雑魚かーい! 使わなければ良かったわ!」
「初ちゃん、『鑑定』魔法覚えたんだ! 私は恥ずかしくて覚えることが出来なかったのに。さすが初ちゃん!」
「黙ってぇぁぁぁ! 杖を貸しなさいっ!」
初の使った『鑑定』魔法に驚いてパチパチと拍手をして褒めたのに、なぜか絶叫して実乃梨から杖を奪い取ると先端を大さそりに向ける初。
『南極の風、北極の風』
杖の先端から冷気の竜巻が巻き起こり、低温が空気を冷やし、寒さで身体を震わす。大さそりは竜巻に巻き込まれると、その動きを止めて氷柱が身体から生えて息の根を止めるのだった。
「で、話の続きね。なんだっけ? この街に住むのかだっけ?」
周囲が一瞬で大さそりを倒した初にポカンと唖然とした顔になっているのを気にせずに、初は倒した大さそりの魔石をポケットに入れると、話を再開する。実乃梨も特に雑魚に対して思うことなく、初へと頷き返す。
「うん。この街はもう安全じゃないよ、だから家族にはマセットちゃん村2号に移住してもらおうと思うんだけど、どう思う?」
それはこの日本と決別する決心であった。
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