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6話 貴族様を助ける僕

 馬車を叩いて面白がってるゴブリンたちは5匹。今の僕でも問題ない数だ。


 ちなみに報酬を求めるのはハンターのルールだからだ。助けなど求めていないとプライドを傷つけられたと怒る貴族様もたまにいるからね。本当だよ。報酬は心付けで良いよ。


「逃げて! だめだよ、この魔物はゲームと違って危険だよ! ほら、私たちは大丈夫だから」


「そうだよ、お嬢ちゃん。逃げて助けを呼んできてくれ!」


「ギギギッ、ギギ!」


 ガンガンとガラス窓を叩かれて、粉のように粉々になってしまい、鞄を開いた窓に押しつけながら、少女が僕を見て逃げるようにと言ってきていた。鞄を窓に差し込んで懸命に耐えている中年の男性も同じ答えだ。


 その様子を見て、笑いながら、その必死な顔を愉悦の笑みで見ながら窓を叩くゴブリンたち。


 正直、全然大丈夫そうではないが、良い貴族様だとはわかった。今のところ人生で貴族様に関わって良い貴族様の確率は3割だけど、その3割に当たったようだ。


 神よ、勇敢なるこの者たちを助け給え。今回は僕が助けますので、次の機会あたりでお願いします。なにせ、貴族様だ。良い貴族様は助けると報酬も多い。正義を愛し、善良な僕が助けない選択肢はないよね。


「大丈夫です。僕はリンボ帝国所属のハンター。これでも………あ、そっか」


 なぜ逃げるようにと言われたのか理解して口を噤む。そういや、若返ったんだ。それどころか声が小鳥のように可愛らしいので、たぶん容姿も変わっている予感。お嬢ちゃんと呼ばれるくらいだ、なんだか嫌な予感がするし、僕のランクを口にしても疑われるのは間違いない。それじゃ方針転換と。


「ゴブリン程度なら倒したことがあります。これでも銅ランクは越えて、あと少しで鉄ランクになるハンターなんです!」


 むふんと力を込めて、貴族様へと告げて、頑張りますとショートソードを抜き放つ。後で容姿を確認しないといけないけど、これくらいならあり得る話で、納得するだろう。銅ランクのハンターだと足元を見られて報酬を値切られるだろうけど、人間諦めも肝心だ。


「馬鹿なことを言ってないで、逃げるでござるよ。今、拙者の隠された力が覚醒すると思うんでござる!」


「ありゃ、それなら任せるとの答えが来ると思ってたんですけど」


 窓越しに太った青年が叫ぶけど、無理だよ。ゴブリン相手に覚醒したという話は聞いたことないよ。貴族様にありがちな夢物語を信じているんだね。


 逃げろ逃げろとしか言わない貴族様の一行なので、具体的な報酬の話は諦めるか。サッサと倒そうっと。


 自身の体内に眠る魔力を探ると、ほぼ枯渇していた。たぶん怪我や毒は癒されても消耗した魔力は休まないと回復しないのだろう。それでも気絶していた間に回復した魔力が少しだけある。


 階位がゼロにリセットされたために最大魔力も大幅減となっているようだが、ゴブリン程度なら今のままでも十分に戦える。


 ひゅうと息を吸い込んで、周囲の空気で肺を満たし、体内にある魔力を身体全体に巡らせる。魔力で肉体を覆い、新たなる魔力の肉体と変えて身体を強化していく。


 魔力による身体強化は木製の家に鉄の支柱を入れて支えるようなものだ。しかも魔力が染み込むと、肉体は位相をずらして幽体化し、あらゆる攻撃を耐えることができるようになる。たとえ、見かけはぷにぷにお肌でも、幽体化している身体は先ほどのひ弱な身体とはまったく違い、強靭なる肉体となる。


 ひ弱な子供が、牙を持つ虎へと変わるのだ。


「『身体強化魔法』を使うまでもない。ゴブリンよ、僕が相手だ!」


 貴族様に受けのいいかっこいいセリフを口にして背中に隠しているショートソードを抜き放つ。顧客へのサービスは大事なんだ。ゴブリン相手なら、魔法を使うまでもない。その程度なら魔力だけを使った身体強化だけで十分。石の地面を蹴ると、僕は猫のような速さで駆け出す。


「きゃー! だめだよ、逃げて〜! ゲームと違うんだよ! こいつらの棍棒、意外と痛いの! 兄さんの腕腫れてるから! 脂肪がなかったら骨が折れてたと思う!」


「拙者、そこまで太ってないでござるよ!」

 

 僕が駆け出した姿を見て、貴族様たちが叫ぶ。僕に向けて、きゃーきゃーと叫ぶので、いくら知恵のないゴブリンでも、変だなと振り向く。せめて騒いで囮になってほしかった。そして、金持ちらしい太った青年はもうゴブリンに痛い目にあったんだね。


「ギギギッ、ゴブブ!」


 振り向いて向かってきたのは2体。どうやら獲物は多い方を優先したようだ。が、その作戦は間違ってる。


 ドタドタと雑な走り方で棍棒を振りかぶって駆けてくるゴブリンに冷笑で返しつつ、対照的にしなやかな動きで僕はゴブリンと接敵する。赤い半透明の剣身を持つショートソードに魔力を流し、身体を素早く屈めると、頭の上を棍棒が通り過ぎていった。その様子を横目に、斜め下からの鋭い一撃で、まずは振り抜いた右腕を狙い振り抜く。

 

 スパッとなんの抵抗もなく、ゴブリンの腕を切り落とし、それどころか不可視の斬撃がショートソードから伸びて、ゴブリンの胴体を真っ二つにする。


「ととっ!? な、なんだこの切れ味!」


 ショートソードに流した魔力は僅かだ。本来の切れ味ならおかしくない威力だけど、今はなんとか腕に深い傷を入れる程度だと思ってた。


 予想では腕を半ば程に断ち切るだけだったのに、腕どころか胴体すらも切り裂いてしまったことに、僕は驚き体勢を崩してよろけてたたらを踏んでしまう。


 体勢を崩してしまった僕に、二匹目のゴブリンが仲間が死んだにもかかわらず、まったく気にしないで棍棒で叩いてくる。


「ちっ、でも、この程度では当たらないよ」


 僕は体勢を崩したまま、あえて強く踏み込むと頭を屈めて前に出る。まさか前に出るとは考えていなかっただろう。タイミングをずらされて勢いをなくした棍棒の一撃が僕の腕を掠っただけに終わり、僕は無理やり回転すると、ゴブリンの後ろに回り、その首にショートソードを食い込ませる。やはり先ほどと同じ様に、なんの抵抗もなくショートソードはゴブリンの首を切り裂くと、地面へと落とすのであった。


(あ〜驚いた。もしかして今の威力はスキルが関係しているのかな?)


 棍棒が掠った腕を見るが、痛くもないし、肌が多少赤くなっているだけだった。想像よりも全然痛くない。なんでだろ?


「ギギギッ! ギギ!」

「ギギ!」

「ギィー!」


 残りのゴブリンたちも僕が獲物ではなく、自分たちを殺せる敵だと認識したのだろう。馬車を叩くのを止めて、全員で向かってきた。


 だが、ゴブリン程度の知能では戦略などは存在せず、バラバラに駆けてくるのみ。


「各個撃破してくれと言ってるようなもんだよ!」


 猫のようにゴブリンへとしなやかな動きで間合いを詰めつつ、赤きショートソードを構える。


 先頭のゴブリンがバカの一つ覚えのように、棍棒を振り下ろすが冷静にその軌道を見切って、左へと一歩だけずれる。予想通りに棍棒は外れて虚しく地面を叩くの見ながら、ゴブリンの首へとショートソードを切れ込む。軽く切ったにもかかわらず、ゴブリンの首を切り落とし、さらに2匹目へと切り込むようにステップをしながら懐に入り込み、一撃。バックステップにて後ろへと下がると、突っ込んで来る3匹目の棍棒へとショートソードの刃を合わす。

 

 雑な作りの棍棒とはいえ、人の腕よりも太い棍棒だ。ショートソードは食い込むだけに終わると思いきや、バターを切るような多少の抵抗だけで断ち切ってしまった。


「ギギギッ!?」


「残念無念、ここでお休みです」


 まさか棍棒が切られるとは思わなかったゴブリンが目を剥く中で、トンと踏み込み、僕はゴブリンの首を落とす。鮮血が舞い散り、ゴブリンたちは全て倒れ伏すのだった。


「ふぃー。予想よりも遥かに強い………固有スキルの効果を見ないといけないなぁ」


 探索を優先にしていたから、全然固有スキルを確認してない。後で見なくちゃね。予想よりも攻撃力が遥かに強い。まさか斬撃が飛ぶとは思ってもいなかった。これ、明らかに固有スキルの力だ。


「あ、えぇ~! なにいまの?」


「へ? 拙者が覚醒するイベントはどこでござる?」


 唖然として口を開けている貴族様たち。モンスターを退治する光景は初めて見たんだろうなぁ。なにせ貴族様たちだし。


「大丈夫でしたか。凶悪にして最悪、人類の天敵たる化物。ゴブリンは危ういところでしたけど、頑張って倒しました。あぁ、神よ、僕は命賭けで戦い勝利しました」


 アピールだ。今のは激戦でした。ゴブリンというドラゴンに勝るとも劣らないモンスターを倒しました。だから報酬弾んでください。


 謙虚なる態度で貴族様たちにニコニコと笑顔を向けて━━━━━。


「あーっ! 後ろ、後ろにまたきたよ!」


「後ろ? っつ、メガゴブリンですか!」


 少女が僕の後ろを見て青褪める。そして、後ろからはドスドスとの荒い足音が聞こえてくる。振り向くと2メートル程の背丈のゴブリンが走ってきていた。腰蓑一つで緑色の肌を持ち、ゴブリンよりも遥かに大きな棍棒を手にして、こちらへと口を歪めて近づいてくる。


 初心者ハンターには少し手が余るモンスターだ。初心者ハンターが死ぬ原因の中でもトップスリーに入るモンスターである。それがメガゴブリンだ。ゴブリンを狩ってると時折現れる死神なのだ。


 だが、問題はない。さっきの攻撃力なら倒せるはず。魔力もまだ少し残ってる。


「お任せください。ハンターは人助けをすることが義務なんです」


 ニコリと安心する笑みを見せて、メガゴブリンへと駆け出す。首を刈って終わりだ。報酬も大幅アップ!


 人助けができる喜びに心震わせ間合いを詰めようとしたが、メガゴブリンは死体となっている己が同胞を見て、ピタリと足を止める。そうして深く深呼吸をして胸を膨らませていく。


「『咆哮ハウリング』を使うつもりですね。でも、耐性を極めた僕には通じません!」


 『咆哮ハウリング』。魔力のこもった叫び声をあげて、格下の敵を麻痺させる技。でも状態異常耐性は僕は限界まで高めているのだ。


『ぐぉぉぉぉっ!』


 メガゴブリンが大声で叫ぶと、風がメガゴブリンを中心にして、吹き荒れる。でも、一般人や新米ハンターでは致命的な技だけど、僕みたいなベテランには効かな━━━━━。


「あ、あれぇ?」


 身体が痺れて、呂律が回らなくなる。硬直して彫像のように立ち竦んでしまう。


「あ、僕、階位がリセットされてたん、ぐふっ」


 肉体がリセットされてたの忘れてた。そして迂闊なる僕は棍棒をまともに喰らい吹き飛んでしまった。めしりと音を立てて、身体に叩きつけられた棍棒の威力により吹き飛ぶと、乱暴に地面に身体が転がり、放置された馬車にめり込むようにぶつかってしまった。


 叩きつけられた衝撃で胸から強引に空気が吐き出されて、僕の身体が…………あんまり痛くないな? でも馬車に身体がめり込んで動けない!


(まずい、まずい、まずい〜!)


 たった一撃で吹き飛ばされるとは、以前の僕なら楽勝だったのに。これはまずい。あまり痛みはないけど追撃を受けたら、かなりまずい。痛みはないが、頭はクラクラとする。アイテムを使うべきか………。


 ドスドスと近づいてきて、棍棒を振り上げる巨漢のモンスターメガゴブリン。僕はなんとかアイテムを取り出そうとして━━━。


 タタタタ


 なにか乾いた音がすると、メガゴブリンの頭が横殴りされたかのように揺れて、頭は吹き飛んでしまった。ズシンと音を立てて首のないメガゴブリンが倒れていくのを見て、びっくりしていると、複数の足音が近づいてくる。


「クリア! モンスターの撃破を確認!」


「こちら第48遊撃小隊。要救助者を発見。負傷者少女1名を含む5名、すぐにシェルターまで向かう送れ」


「衛生兵、担架を用意するんだ、早く!」


(この国の魔法使いたちだな。なんだろう、今の魔法………)


 へんてこな鉄の棒を持った緑の服を着た人たちが駆けつけてきていた。魔法で倒したのだと悟りながら………。


 棍棒の一撃で朦朧としていた僕は意識をなくして倒れてしまうのだった。

 

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