57話 家臣を増やす僕
『聖域』クエストを攻略してハンターギルドに戻った僕は一旦家に帰ることとした。ちょっと疲労が大きかったので、ハンターギルドへの報告は明日にしようと話し合ったのだ。あかねさんたちも了承してくれて、僕は魔王を退治した信じられない功績を手にして、帰宅したのだった。その後はお風呂に入って、ぐっすりだったよ。
━━━そして次の日。ロロも再召喚の儀式魔法で復活させて、僕は多少の用意と共に日本へと戻った。
ハンターギルド兼陸の家は既に大勢のハンターたちで賑わっている。依頼受付の掲示板を見たり、魔物の分布を話したりと騒がしい。
「おはようございます、皆さん、早いですね、ふわぁ〜」
あんまりにも早起きしすぎて欠伸がでちゃう。眠たいなぁと目をこすりながらぼんやりも挨拶する。そうしたら、カシャカシャと音を立てるへんてこなものを、あかねさん、実乃梨さん、初さんが僕に向けてきたけどなんだろう?
「見てみて、欠伸まーくん。貴重な1枚が撮れたよ。やった、これはエスレアだよ」
「この横顔が良いですよ。私のマセット君コレクションに入れておくね」
「ふん、昨日のお疲れマセットちゃんの現像も早くしてよ? スマホはいつ壊れるか分からないし、昔ながらのカメラに変えるのを早くしないとねっ」
楽しそうに話しているけどなんだろう? なにか盗まれた感じはしないから、気にしなくて良いかなぁ。三人の緩んだ顔が少し気持ち悪いけど。
「マセットさん、おはようには少し遅いんじゃないか? もう10時だぞ?」
「僕の起きる時間は基本12時に近いんです。ハンターは仕事の時は徹夜は当たり前ですし、夜討ち朝駆けの世界ですからね」
礼場さんが苦笑いを向けてくるけど仕方ないんだ。ハンターはお昼まで寝るのがマセット君のデフォルトです。
「説得力がありそうでなさそうですわね、ほら、髪の毛がボサボサですわ、直してあげるから椅子にお座りなさい。メイドはマセットさんを放置してなにをしてますの?」
「仕事を終えて寝てます。屋敷の掃除は終わってますからね」
僕のボサボサとなった髪を櫛で直してくれながら、訝しげに聞いてくるローズさんだけど、仕事は終わってるんだよね。………疑問はあるけど。ルルは寝ているけど、仕事を終えて寝てるのではなくて、ずっと寝ていた説。掃除をしているのは、怠惰に過ごしたいから高速で掃除をする他のメイドさんではないのだろうか。まぁ、ルルは可愛いから気にしないけどさ。
櫛を通して、優しく撫でつけてくれるローズさんと、顔を拭いてくれるあかねさんたち。まるで四人のメイドを持った感じだ。まーくんファンクラブのご褒美だよと嬉しそうに呟くあかねさんたちの言葉は聞こえなかったことにしよう。
「そういえばマセットさん、俺は『アーマーナイト』になったんだ。タンク役で生きていくことにしたよ」
「お〜、アーマーナイトはかなり硬いのでピッタリですよ。でも、金属鎧が用意できないんです。木や革は手に入るのですが、鉱石が手に入らないので。でも、礼場さんがある程度階位を上げた頃には用意しますよ」
礼場さんは物理、魔法耐性の高い『アーマーナイト』にしたらしい。火力は他の戦闘職に劣るが、戦闘では敵のヘイトを集めて攻撃を受ける大事な職種だ。毎回怪我するので選択する際の職種では人気が無いが、パーティー募集では大人気だ。
「あ、私は『付与魔導士』。ファストキャストとそれなりに戦える固有スキルが気に入りました」
えへへとはにかむ笑顔で教えてくれる実乃梨さんは堅実な職種にした模様。似合っていて良いと思います。
「わたくしは『ネゴシエーター』になりましたわ。直感が良くなるらしいですの。ネゴシエーターは格闘系ですし、都合が良いですわよね?」
「え? 『ネゴシエーター』は文官が選ぶ内政系統ですよ。商人も選ぶ人が多いですね」
得意げにオホホと笑うローズさんだけど、なぜに格闘職? ネゴシエーターは交渉人だ。取引に対して、虫の知らせのように詐欺話やヤバそうな話に対して悪印象を感じる事ができるのだ。まぁ、あくまでも多少勘が良くなる程度だけど、その多少の勘が重要なんだ。交渉では大きな武器になるからね。
「ええっ! ゴービッグゼローと叫んで巨人に乗って交渉相手を殴れるんじゃないですの!?」
「意味がわかりません。交渉ごとに有利となると記載ありませんでした?」
「くぅ、ネゴシエーターもコーディネーターも本来の意味が歪められて世間に広がってますの! 悪い風潮ですわ! 転職の書を誰かくださいませ!」
膝から崩れ落ちて、悔しがるローズさんだけ。意味が分からないよ? 小鉄さんが腹を抱えて笑ってるけど、ローズさんの言っている意味を知ってるのかな?
「これからローズさんは戦闘ではなく交渉で頑張ってほしいと思ってましたので問題ないと思いますよ。隠しステータスとして知力が上がるとの噂もありますし。あ、これグーマ男爵の家臣である証明となるバッチです、なくさないでくださいね」
「いつの間にわたくし家臣に!? まぁ、元からそういう契約でしたので良いですが」
用意しておいたバッチを手渡すと、なぜか驚くローズさんだけど素直に受け取る。昨日のうちに紋章を考えてバッチをルルに作らせたんだ。ルルはこういう傲慢さを示すような仕事は喜んでやってくれた。
紋章はうさぎが黒い翼を生やしている絵だ。ロロは大喜びで、あ~ちゃんもバッチを欲しがりました。
「ふふ、なにか誇らしい感じがしますわね」
ローズさんが首元につけてクスクスと笑う。たしかに家臣の紋章をつけるのは平民にとっては誇らしいから、気持ちはわかるよ。
「ルルが作ったので、『受ける全ダメージ1減衰、敵への追加ダメージ1増加』の効果がありますので大事にしてくださいね」
それにバッチには魔法も付与されているのだ。クリスマスイベントの賞品の余りだとか言ってたような気もするけど、聞かなかったことにしたよ。
「うわ、それってネトゲーのイベントとかで貰えるビミョーな性能のアイテムみたいだね。でも、役に立ちそう。まーくん、私もまーくんの正妻になるから、1個ちょーだい?」
「どさくさに紛れて、正妻を求めないでください。でも、家臣になってくれるなら、お渡ししますよ。現在は財政がとても厳しいので、月給1万天貨と下級ポーション枝10本。ハンターとして自由に仕事をしてもらいつつ、なにかあったら指示に従ってもらう簡単なお仕事です」
「家臣? え~と………マセット君、それって簡単になれるものなのかな? 貴族の家臣って、なるのが大変なんじゃないのかな?」
おずおずと小さく手を挙げて尋ねてくる実乃梨さんは貴族について詳しいらしい。
「普通ならそのとおりです。ですが、僕はこの間爵位を貰った領地も辺境の寒村。家臣など誰もおらず、月給もそれが限界なんです、およよよ」
「あ~ちゃんも、あ~ちゃんも! およよよ」
つらい状況についつい泣いてしまう。あ~ちゃんも面白そうともちろん泣き真似をします。美少女のようなマセットと、愛らしい幼女が泣いちゃうので、同情する雰囲気が流れ始める。
「はっ、これがネゴシエーターの固有スキル『直感』! このバッチをもらうと、大変な人生を送るような予感がしますわ。でも、もう受け取ってしまいましたわ、この直感は本当に役に立ちますの!?」
ローズさんがぎゃいぎゃい騒ぎ始めるけど、皆気にしないでね。本来の家臣の月給は最低でも30万天貨なんだ。でも、うちは支払う余力はないから現物支給でよろしくお願いします。現物支給だと、定価よりもはるかに安いから人件費を抑えられるんだよ。
「なんか怪しいけど、私は家臣になりまーす」
あかねさんは予想通りだった。予想外だったのは、それを聞いていた礼場さんたちだ。
「あの、私も家臣にしてもらって良いですか? 家臣に今なった方が良いと私の勘が囁いてるので、私もやります」
「そうだな。それにそのバッチは地味に役に立ちそうだ」
「幼女と同じ仕事場に就けるんなら本望!」
「小鉄は考えなしすぎるわよ。でも、私も家臣になりたいわ」
あかねさんが手を挙げると、礼場さんたちも我も我もと応募してきて、結局ここにいる40名近いハンターたちは僕の家臣となるのだった。やったね、マセット君。これも日頃の行いが良いからだね。
「うぅ、感激です。それでは貴方たちの命は預かりました。これからは共にグーマ領を繁栄させるべく頑張りましょう。とりあえずはハンターギルド周辺の魔物を駆逐して、マセット村2号の安全を確保してください。ギルドで、常駐依頼を受けてから仕事をすれば、依頼報酬も貰えるので、ウハウハだと思いますよ」
「はい。いかなる時もまーくんと共に歩むことを誓います!」
ぴしりと手を挙げて、あかねさんが元気いっぱいに怪しい宣言をしてくれるけど、これだけの人員が確保できれば、村の安全は保障されるだろう。
とっ、報酬で思い出した。『聖域』の報酬も貰わないとね。
僕はこの時点で間違いを犯していた。バッチの効果はとても珍しいものだが、効果を考えるとたいした魔導具ではない。そう考えていたのだが、それは僕の世界基準。この世界で、受けるダメージの減衰と与えるダメージがたった1でも変わる効果がどのような効果かになるか分かってなかった。
それは後々に判明し、この世界の常識を完全に壊す大騒ぎとなるのだが、今の時点では儲かった儲かったと喜ぶだけだったのである。
━━━というわけで『聖域』の成功報酬は。
「えっと、一千万天貨うさ。全てカードに振り込む? 全員に等分で分けて良い?」
受付うさぎは、スンスンと鼻を鳴らして言う。大金に思えるけど、30人ちょいのハンターで攻略したことになってるから、一人頭30万天貨程度。そこまで高い報酬ではない。それよりも問題は他にある。
「魔王が出てきたことに対する弁明はないのかな? あのダンジョンは人工ダンジョンだった。初心者向けでは絶対になかったよ。ハンターギルドなら、天然か人工なのかはわかったはずだ。こっちは死にかけたんだけど?」
「う~んと、たしかに魔王の出現は確認したうさよ。魔王退治の報酬は一億天貨。これはマセットだけに振り込まれるうさ」
「報酬は貰うけど、僕の質問は魔王の出現と人工ダンジョンに気付かなかったか、だけど?」
ペチンと受付カウンターを叩いて睨むと、受付ウサギは、下敷きを顔の前に出して、口笛を吹く。
「うさは知らない〜。きっと調査をサボった人がいるうさよ。ごめんね」
ホー、そうくるのか。だいたい予想通りだ。それならば、他の手段で聞くしかないな。




