53話 影の魔王と僕
僕を包囲するように出現したシャドウサーバントを観察する。シャドウサーバントとは、術者の影のことであり、文字通り影であるため、術者本人と全く同じ性能を持っている信じがたい強力な術だ。
剣での競り合いでなんとか競り勝った僕に対して、新たに同じ性能の影分身が8体追加。泣いていいだろうか。これだけ不利な状況は久しぶりだ。
「親分、親分。逃げるうさよ、絶対に勝てっこないよぉ」
「たしかに厳しい状況だ。ベカは魔法も使っていなかったから、今からが本番となるだろうし」
ぷるぷる震えて、ロロは怖がって僕の頭の毛をハミハミする。これだけロロが怖がるのは珍しいが、それだけ現状が厳しいことを示している。あと、髪がベタベタになるからはむはむしないでほしい。
「マセット、遺言を残しておきたかったら、聞いてやるぜぇ、ダンジョンを共に戦った戦友への最期の情けだ」
既に勝利を確信しているベカは余裕の態度だ。ここから僕が逆転できる目はないと考えているのだろう。たしかに敵の立場からすれば、勝ったも同然、僕も同じ立場なら余裕だろう。
「それじゃ遺言を一つお願いします。ベカはたった一人の人間相手に、多くの分身を使い最後まで勇敢に戦いました。魔王の中の魔王と語り継いでも良いでしょう。記憶しましたか?」
「減らず口がゴングの鐘を鳴らしたぜ、マセットォ!」
僕がせっかく遺言を考えてあげたのに、ベカは激昂すると手のひらを向けてきて、魔法を発動させる。
『影矢』
(冷静さを失わせようとしたけど、やっぱり無駄か、精鋭なだけはある)
舌打ちしつつ、その場を離れるべく床を蹴る。漆黒の矢が飛んでくるが、回避する前に周囲を確認。
『影矢』
『影矢』
『影矢』
周囲のシャドウサーバントたちが本体と同じように魔法を使ってきており、絶妙に回避できる場所を狭まらせていた。
敵の予想通りに動くのは忌々しいが、今は回避するしかない。一節だけの初期魔法でも、僕に対してダメージを与えることができそうだからだ。なにせ、ベカは僕の装備の性能を知っている。だからこそダメージを与えることができない魔法など使わないだろうからだ。
漆黒の矢を回避しながら、コンテナを駆ける。左にステップをして、正面からの矢を回避し、右斜めにダッシュして、次の矢が飛来する前に移動。すぐにジグザグに動き続け、他の矢も掻い潜るのだが━━━。
予想通りに、魔法を使わなかったシャドウサーバント3体が短剣を振り上げて待っていた。その剣の鋭さは本体となにも変わりはなく、いや、それ以上の速さで斬り掛かってくる。本体と違い、傷つくことを恐れずに防御を捨てた攻撃であるためだ。
「読まれていたとはいえ、きっついな!」
2体同時による左右からの袈裟斬り。右に回避しても左に回避しても後方の3体目が追撃してくるパターンだ。パリィをしても、真後ろからパリィにより、身体が硬直した僕を攻撃してくる抜かりない戦法。
回避してもダメージを負う選択肢しかない。となれば。
「とやぁぁ! 受け止めてみせる!」
体内に魔力の糸を巡らせて、2体の攻撃を受け止める。ズシリとした重みが肩にかかり、足が威力に押されて崩れそうになるが耐えぬく。
数秒受け止めて、体内のエネルギーを溜め込み、神技を発動させると一気に押し返す。
『力溜め』
自身の力を溜め込み、次の攻撃を倍の威力にする神技だ。溜めている間、動けなくなるのでうまく使わないと失敗するが、この状況にはピッタリだった。
僕は豪快に剣を振り回し、力で敵をねじ伏せるタイプではなく、技術で敵を翻弄し、流麗に踊るように戦うテクニカルタイプだ。まさか受け止めるなどという強引な選択肢を取れるとは思っていなかったためだろう。予想外の反撃にシャドウサーバントは吹き飛び、後方で待機していた3体目も巻き込んでしまう。
「いただきっ!」
その隙を逃さずに、魔力の糸を3体へと絡め取るように放ち、炎華と氷華を構えて肉薄すると神技を発動させる。
『サークルブレード』
僕の体は展開した魔力の糸の流れに従い、疾風の速さで二刀を振り回転をしながら、3体の間をすり抜ける。炎と氷の軌跡が跡に残し、敵の身体を一撃、二撃と連撃にて切り裂いていく。
国宝級と呼ばれる二刀を使っての神技だ。常ならば、一撃でも敵に致命傷を与えるのだが━━━。
シャドウサーバントはよろけて、ダメージを負うことは負ったが、傷は浅く、また追加効果の炎や氷も一瞬シャドウサーバントの肉体を覆うがすぐに消えてしまい、怯むことなく変わらぬ速度での反撃をしてきた。
「くっ、やはり装備込みの性能か! 良い装備してるよ、まったく」
身体を捻り飛翔をして、反撃の剣撃を躱しながら舌打ちをしてしまう。ベカの装備は帝国最新鋭にして最高級の素材で作られた強力な武具なのだ。物理耐性、魔法耐性共に高く、たとえ炎華や氷華でもその付与効果は数秒しか入らないし、魔法障壁は強固で、傷も深く入らない。
3体の反撃を回避して、僕はコンテナの屋根に着陸すると体勢を立て直すために後ろに下がろうとするが、そこで身体に強い衝撃を受けてしまう。
「くっ」
肩に影矢が突き刺さっており、ダメージを受けてしまったのだ。しかもズンとのしかかるような重さを感じてしまう。
「魔力を削る魔法なのか!?」
体から血が流れていくような虚脱感には覚えがある。厄介極まりないなと苦々しく思う僕に、本体であるベカが嗤いながら駆けてくる。
「そのとおりだ、マセット!」
ベカの体からシュルリと魔力の糸がヘビのように放たれて、ねじれるように宙を舞いながら僕の身体を通過していく。
『パイパーストライク』
魔力の糸に己の腕を乗せると、蛇が走るかのように現実では絶対に無理なくねくねとする軌道で短剣を突き出してくる。
「くっ、そうはいくか!」
対応するべく、相手の糸に僕の糸を絡めると、僕も神技で対抗する。
『ディフレクト』
二刀から噴き出した魔力が硬い盾となり、ベカの短剣を受け止めると、その軌道を無理やり曲げて弾き飛ばす。
「ちいっ、その体勢でも防ぐのか!」
お互いに神技を放ち、その体勢を崩しながら睨み合う。だが、ベカは体勢を崩しても仲間がフォローをするのだ。
後ろから体勢を立て直した三人が攻撃をしてくるのを気配で感じる。やはり防御を捨てての全力攻撃なのか、大きく振り上げて多少雑さを見せる一撃だ。
「きゅー、負けないうさ!」
『首刈り』
防御を捨てての攻撃。大きく振り上げた隙を逃さずに、ロロが飛び上がると、敵の魔力障壁の構成の僅かな隙間に首元へと爪の一撃を入れて切り裂く。続いて2体目の首元にも一撃を入れて、仰け反らせ、3体目が倒された2体を見て、ターゲットを変えるべく僕への攻撃を取り止めて、強引に停止したためその動きを鈍くする。
「ナイスだ、ロロ!」
『氷炎十字斬り』
二刀に膨大な魔力を注ぎ込み、魔力の糸を3体目に張り巡らせて、フルパワーでの神技での一撃を食らわす。まともに受けたシャドウサーバントはさすがに耐えられなかったのか、影は溶けるように消えていった。
『影矢』
『影矢』
『パイパーストライク』
しかし反撃はそれまでであった。残る五体が既に間合いを詰めてきており、連携を取った攻撃を仕掛けてきていた。
「きゅう、やられたうさ………親分がんばって………」
狙いはロロだった。影矢を食らいパイパーストライクの一撃を受けたロロは悲鳴をあげると消えていく。
「敵の戦力をじわじわと削って戦うのは魔王らしくないと思うよ?」
ロロが倒されたことに唇を噛みながら、迫りくるシャドウサーバントを追い払うように大きく横薙ぎでの攻撃をしていく。防御を捨てたとはいえ、無意味にダメージを負うことはしないようで、敵は下がってある程度の間合いを保ち構え直す。
「大物と戦うときは慎重すぎる程に慎重にと教えてくれたのはあんただろ?」
「そういえばそうだった。よく頑張りましたとはなまるをつけてあげても良いよ」
僕の煽り言葉にも飄々と返してきて冷静さを失わないベカに、良い弟子を持ったねと皮肉げに唇を歪めてしまう。ダンジョンで親切丁寧に教えたことが実践できていてなによりだよ、ちくせう。
「それじゃ花丸を2個貰おうか」
『シャドウサーバント』
あろうことか、再びベカは魔法を使い、倒された3体を呼び出して、減ったシャドウサーバントを新たに補充する。
わぁい、苦労して倒したのにまた復活したぞ、絶望とはこういうことを言うんだろうね。
(でもでかい魔法を使わないということは、それだけシャドウサーバントが魔力を食うんだ。ベカは極大魔法で僕を倒すよりも、チクチクとダメージを与えて倒す確実な方法を選んだらしい。悔しいけど僕相手には正解だ)
極大魔法ならば隙ができて、きっと勝てる道筋を見出せただろう。敵は僕のことをファンかと思う程に熟知してる。ちくしょー。
「それじゃ試験は終わりということにしようか。お前の首が合格証だ!」
「僕の首は合格証にするほど薄っぺらじゃないんだよ」
ベカが再び近接距離に迫り、牽制のつもりなのだろうか、力のない軽い振りで攻撃をしてくる。それに合わせた連携攻撃を後ろがしてくる。
『パイパーストライク』
『パイパーストライク』
合わせて逃げ道を塞ぐように影矢が飛来してくるのを見て、回避しきれないと瞬時に判断する。これはどちらかは命中してしまう!
パイパーストライクを2発も受ければ致命傷だ。ここは牽制の攻撃をあえて受けてからの、振り向きざまの神技にて対抗する、のが正解に見える。
『十字斬り』
だが僕はベカ本体へと神技を放った。まさか牽制に神技で対抗し、パイパーストライクを無視するとは考えていなかったのだろう。驚きで目を見開くベカの短剣を持った腕を切り落とす。
「ぐぅっ!」
ベカの腕を切った代償は背中に滑り込むように入った短剣の感触だった。まるで焼きごてを肺腑に当てられたかのように強い痛みと熱を感じて、苦悶の声を上げてしまう。
「うぉぉぉぉ!」
『サークルブレード』
痛みに耐えて振り向きざまにサークルブレードを放つが体勢は崩れており、敵に予測されてアッサリと躱されてしまった。すぐに懐からポーション枝を一掴み取り出していっぺんに使う。身体が優しい光に包まれて傷口を癒していく。だが傷口が塞がっただけで、完治には遠く及ばない。
「まさか俺の攻撃を防ぐのを優先するとは意外だったぜ」
悔しそうに言いながら、ベカもポーション枝を取り出すとポキリと折って体を癒す。僕のと違い最上級のポーション枝は切り落とした腕を生やして、すっかりと完治させてしまった。魔王の方が装備が万全って、不公平すぎないかな?
「その短剣、僕を刺したヤツだろ? 牽制に見せかけて、本命の攻撃だったでしょ」
斬り落とした腕が掴んでいる短剣を見て、小馬鹿にしたように笑ってあげる。短剣は透明な液体が付いており、その液体に含まれている魔毒の痕跡には見覚えがあった。クリスタルゴッドドラゴンにも効き目があり、僕をはめるのに使った毒だ。
「くくくくく、ひははは、そうだよマセット先輩。まったくあんたは勘が良すぎて嫌になる。魔力を失ったら、今度こそ甚振って殺してやろうかと思ったんだけどなぁ。しかし………ヒヒッ、それでも俺様の勝ちは揺るがない。そうだろ? マセット先輩」
可笑しそうに嗤いながら、嗜虐の笑みを向けてくるベカ。
━━━━悔しいがそのとおりだ。せめて、アイテムが充実していれば勝ち筋があったのだが、戦闘により疲労はたまり、神技を連発したために体力は削られて筋肉は悲鳴を上げ始めている。既に魔力も枯渇し始めており、このままでは負けるだろう。
(ぶっつけ本番だけど、切り札を使ってみるしかないか………)
僕は迫る死を前に、覚悟を決めるのであった。
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