52話 ベカ対僕
影の魔王と名乗るだけあって、その魔力はとんでもなく圧力を感じさせる。肌が痺れる程に威圧感があり、普通の人間なら泡を吹いて倒れてしまう凶悪さを感じさせていた。
魔王とは魔物の王。その力はたとえ生まれたてでも、人間とは比べ物にはならない高い基本ステータスと『勇者以外全てに特攻』という魔王共通の固有スキルにより、とんでもない力を持っている。すぐに倒されるのは魔王に飢えている勇者がいるからだ。
僕の『全種特攻』も魔王の『勇者以外全てに特攻』と相殺して、意味を成さない。なので、ガチの勝負となる。
「ベカって、どういう性格で、どうやって戦う奴だったうさ? 参考にして戦術を練るうさ!」
魔王相手にはおふさげはできないと真剣な顔で鼻をスンスン鳴らすロロだけど………。
「知らない」
「? 知らないうさ?」
「うん、名前しか覚えてないよ。どんな顔かも覚えてないね」
僕はきっぱりと堂々と胸を張って言い放つ。だって興味なかったからね。
「えぇぇぇ………まぁ、親分はそういう人だったうさ」
背筋をピンと伸ばして驚こうとするが、すぐにへたり込み諦めた声で言うロロである。少し失礼じゃないかな? 清廉潔白、品行方正なマセット君なのにさ。
「はっ、テメーはずっとそうだった。お高くとまっていると最初は思ったが………単純に俺らに興味を持っていないだけだとすぐに分かった。単なるチェスの駒のように、俺たちを人ではなく道具として見ていたんだ!」
「よく見てたね、ベカさん。だって僕の役目は謙譲のダンジョンをクリアすることだったんだ。率いる駒を人間扱いするのは無理だろう?」
冷静に冷酷に冷ややかに答えると、ベカはますますいきり立ち、短剣を構えて憤怒の顔を向けてくる。僕はといえばこんなシチュエーションは慣れているので、どこ吹く風だ。僕の仕事は多くの人々を生かすことで仲良くなることではない。それよりも気になることがある。
「君たち………『ニート』だったんだね。謙譲のダンジョンを攻略する際におかしいとずっと思ってた。魔導具頼りで、固有スキルを使おうとしない兵士たち。あの中で何人が『ニート』だった? どうして皇太子が死んでも後継者になれないとジュデッカ皇子が言っていたのか理由がようやくわかったよ」
はぁ、とため息をついて残酷な運命に哀しみを覚える。職種を選べるのは人生で一度きりだ。なのに魔王になっているということは、彼はダンジョン攻略時は『ニート』だったんだ。僕と同じように。
「ジュデッカ皇子も『ニート』だったのか。『魔法剣士』は嘘っぱち、だから彼から強さを感じなかったんだね」
魔剣グラムに竜杭。最高級の魔剣や魔導具を使い、自身の力を誤魔化していたんだ。それは『ニート』だから。『ニート』は絶対に皇帝にはなれない。周囲が反対するし、国民も納得しない。ジュデッカ皇子は有能であるがゆえ、自身の呪われた人生を憎んでいたのだろう。
「その推測が正しいかは、ジュデッカ陛下と面と会った時に聞いてみるがいい。俺に殺されなかったらの話だが!」
踏み込みだけで足元のコンテナを傾けさせて、ベカが僕へと向かってくる。その速さは矢よりも速く、たった数歩で数十メートルの間合いを詰めてきた。
「もちろんそのつもり。復讐がなってないなら、シチューはお鍋で温め直さないといけないからね!」
氷華も鞘から抜くと二刀流となり、ベカを迎え撃つ。ここからは本気だ。手加減する余裕はない。
氷華を振り抜き、ベカの短剣とぶつかり合う。剣同士から火花が散り、お互いの顔が眼前に迫って睨み合う。
「しっ!」
「ふんっ!」
お互いに腕を振るい、高速での斬りあいをする。ガキンガキンと金属音が不協和音をたてて響き、お互いが相手を斬り伏せようと瞬きをする間に、数合の打ち合いが発生する。
「さすがは帝国兵。工兵なのに剣術も一流だ」
「けっ、3ヶ月間一緒にダンジョンを攻略して今更かよ!」
「工兵は前に出さなかったから、腕前を見ることがなかったからね」
軽口を叩きながらも、攻撃の手は緩めない。コンテナを摺り足で踏み込み、自身の身体を安定させて、体幹を揺らぐこともなく、振り抜く腕は鋭く、剣筋にブレる様子はない。剣士としても戦えるだろう腕前で二人は戦いを続ける。
魔王は固有スキルと高いステータス、得意な武器や魔法に対する習得能力が高いが、それで急に剣術を覚えることなどできない。これは元から剣術スキルが高かったのだ。
工兵はトラップを解除したり、拠点を防衛する罠や施設を建設する。なので戦闘力は低いのだが、目の前の工兵は基本どころか、一流の剣士の腕の冴えを見せている。
これは異常なことではある。一般の工兵は剣を振ることができればそれで合格レベルだ。しかしジュデッカ皇子の集めた者たちは、剣術も鍛えており、その腕前はダンジョンの深層でも魔物を倒せるレベルである。いや本当は『ニート』だったのだから、職による補正もなく懸命に鍛えたのだろう。━━━僕と同じく。
「やるじゃねぇか、てめえの階位は俺よりも低いのに、俺の剣についてくれるとはな」
「そこまで威張る程じゃないでしょ。ハンターギルドなら、君くらいの腕前はゴロゴロいるよ」
もちろん敵を褒めることなどせずに煽り言葉で返答だ。怒りで隙ができればと淡い期待を持つが、ベカはそうだなと哀しげに口元を歪める。
「当然だな。俺の剣術は40。そこらの剣士なら倒せるだろうが、一流には至らない。どんなに頑張っても、その壁は越えられなかった」
僕の首を狙う一撃をスウェーで回避して、反撃で脇腹へと氷華で斬りかかるが、ベカは空振りをした勢いのままに身体を回転させて、回避する。
「それは努力が足りなかったんだ。僕もそこら辺で苦労したけど、壁を壊せた。ハンターギルドに依頼をしてくれれば、格安でレクチャーをしたのに残念です」
回避したベカが蹴りを繰り出し、僕は膝にて受け止める。重い一撃に身体が押されてしまい、床を足が擦りながら後ろへと下げられてしまう。
「はっ、てめぇのレクチャーはバカ高いって噂だ。誰が受けるか!」
「それは誤解だね。格安でレクチャーするんだけどなぜか途中でレクチャーを放棄する人が多いから、違約金をもらうだけなんだけど、それが悪い噂になったんだよ」
「クリアできねぇレクチャーだとの真実を隠すからだろうが!」
押し下げられた僕へと再び短剣を構えながらベカが肉薄してくる。その体からは魔力が漏れており、身体強化をしているのを見抜く。対抗して僕も身体強化をしながら、再度の打ち合い。
「本気で行くぜぇ!」
「いつ本気になってくれるかと待ちくたびれてたよ」
『怠惰の大天使ベルフェゴール。眼前の敵を倒し怠惰に暮らすため、俺に強き肉体を与え給え』
『おぉ、怠惰の大天使ベルフェゴールよ。素早く仕事を終えて怠惰に過ごすため、我に強き肉体を与え給え』
『力ある言葉』を詠唱し、お互いに身体強化魔法を発動させる。肉体が足の爪先から、手の指先まで、その全てが魔力により強化されて、体内の奥底から煮えたぎるようなエネルギーが僕の身体を巡っていく。
「はぁぁぁっ」
「うぉぉぉぉ」
雄叫びを上げて、僕とベカはぶつかり合う。先ほどの斬りあいが遅く感じられるだろう恐るべき速さでの打ち合い。右からの袈裟斬りが放たれたと思ったら、パリィされてからの切り返し。蹴りからのフェイントで相手の体勢を崩そうとして、反対に蹴り足を踏み台に飛翔しながらの回転斬り。
凄まじい速さでお互いの立ち位置が入れ替わり、演武でも見せるかのような打ち合い。達人同士の戦いが続いていく。
だが、拮抗するかのように見えるが、ベカの身体に徐々に切り傷が増えていき、紫色の血が流れていく。身体能力はベカの方が上のようだが、剣の腕前は僕が上。かつ、二刀流の手数が差になっているのだ。
ベカは忌々しそうに猪のような牙を剥いて、僕の一撃を敢えて短剣で受け止めると、その反動を利用して大きく後ろに飛び退る。
「ちっ、剣で倒そうと思っていたが、さすがに無理のようだな」
腰に下げた革袋からポーション枝を取り出して、ポキリと折るとベカの身体は回復し、傷一つなくなってしまう。しっかりと軍で支給されたアイテムは保有しているらしい。
「やっぱり装備はそのまま持ってたのか。僕は回収されちゃったのに」
皇帝陛下が回収しなければ、今の僕はもっと強くなってたのにと、ベカを見て口を尖らしちゃう。ずるい、ずるいよ。
「はっ、てめぇは持っていねぇのか、なら俺様の方が有利か? だが、油断はできねぇし、今度は魔王としての戦いを見せてやろう」
腕をクロスさせて、肉をこれから食べる猛獣のように口元を歪め、ベカは魔力を体内から引き出していく。その足元に魔方陣が描かれると、幾つにも分裂し、地を滑って周りへと散っていく。
「親分、なにか危険な匂いがするうさ! ここは仲間を呼ぶうさよ」
「駄目だよ、ロロ。魔王を倒すのは彼らには無理だ。肉盾にするのは気が引けるし、━━━そもそも入ってきた穴が塞がっている」
頭の上で震えながらしがみついていたロロが救援を求めようというが、僕の入ってきた穴は綺麗に直されて元のコンテナの壁となっていた。
『がんばってでつ』
コンテナの壁に落書きのような汚い字で応援の言葉が書かれている。どうやらどこかの大天使が塞いだ模様。
「えぇ! 酷いうさ!」
「信者同士の戦闘には不介入が原則だからね。元人間の魔王の点で壁は塞がれたのさ」
ロロがご不満だよとペチペチ頭を叩くけど、神様は公平なのだ。基本防衛する側の人間が不利にならないようにとハンターギルドがあり、様々な特典があるのも、何もしないと、強力なスキルを行使できて、ゲリラ的な戦闘が可能で、戦力を集めることができる魔王側が有利すぎるからであると思ってる。
「それじゃ、影の魔王の力を見せてやるぜぇぇぇ! こい、俺様の影よ!」
『シャドウサーバント』
ベカが爆発するかのように魔力を放つと、散った魔法陣から、ベカにそっくりな影が次々と姿を現す。その数は8体。どれもベカと同様の威圧感を感じさせる。
「シャドウサーバントは俺様と全く同じ力を持っている。剣では負けたが、これはどうかな?」
余裕そうにヘラリと嗤う魔王ベカ。たしかにシャドウサーバントはそのような効果をもつ。効果を持つんだけど、本来はその魔法で生み出せるのは1体だけなんだ。
「8体もシャドウサーバントを生み出すなんて、さすがは影の魔王というところか。それじゃ第二ラウンドといこうかな」
どうやらこれからが本番らしいと、僕は冷や汗をかきながら、魔王を倒す方法を考えるのだった。
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