51話 ゴブリンのボスと僕
『ノックノック。うさぎのノック。お家を見せてくださいな。ほら、可愛らしいうさぎが訪れてますよ』
慣れた様子で、ロロが踊りだし戦闘は開始だ。
『ゴブリンケンプファー:階位20』
『ゴブリンライダー:階位15』
結構階位が高いボスたち。戦意は高く、こちらを待ち構えている。
『我らが地形となれ!』
流暢な言葉で手をかざすゴブリンケンプファー。その言葉に従い、地面が揺れると小さなコンテナ群が飛び出してきた。迷宮の様にコンテナは複雑な配置がされてボスとの視界が切れてしまう。
「ボス部屋の環境が変わったうさよ。気をつけて!」
「あぁ、彼らの戦いやすい地形に変わったわけだ。………この階位で環境変更は変ですね、皆さん、念の為に広間からは出ていてください」
「わ、わかった。武運を祈る!」
中位以上ならば、『環境変更』でボスは自分の有利な地形を作り出すが、低位のボスでこれは不可解なので、礼場さんたちは外に出ておくように指示を出す。皆は素直に広間から出ていき、残るは僕とロロだけだ。
コンテナとコンテナの間に作られた通路の横幅は5メートル程度であり、数に任せての戦闘は無理だろう。『環境変更』もそうだが、数で押されないように考えられた地形にはますます違和感しかない。
「上うさよ!」
僕の頭に乗ったロロがモフモフの手を空に向ける。指差す先のコンテナの上には大蜘蛛に乗ったゴブリンライダーたちがカサカサと張り付いて移動をしていた。繊毛が針金のように鋭く、複眼が不気味に光る大蜘蛛は単体でもそこそこ強い。しかもこのような壁が乱立する地形では、その脚で壁に張り付き自由自在に動き回るので厄介極まりない。
『ニクニク』
片言でゴブリンライダーが叫び、大蜘蛛は牙を剥いて飛びかかってきた。その大きさは2メートル程。僕に飛びついて足を絡めて動きを封じ、齧りつくつもりだ。
「だが、そう上手くはいくかな? 見た目で判断するのはご用心!」
迫りくる大蜘蛛の牙が眼前に迫った瞬間に、カウンターでその顔を蹴り上げる。メシリと大蜘蛛の首がへし折れて宙に浮くと、ゴブリンライダーが焦った顔をする。まさかたった一撃で。大蜘蛛が倒されるとは想像もしていなかったに違いない。
「もらったうさよ! ロロも頑張るうさ!」
『首刈り』
滞空するゴブリンライダーに、ロロが僕の頭を蹴ってジャンプすると、首を振ってうさ耳をその首に当てる。ゴブリンライダーの首がパクリと深く切られて、血を噴き出すと絶命して落ちてゆく。ロロもステータスが大幅に上がっているので、攻撃力も増大していた。その中でも命中すると会心の一撃になる確率が高い『首刈り』を使ったのだ。
そのまま僕はコンテナのくぼみに足をかけると壁を走る。駆け出したあとには、毒液が飛んできて、コンテナを虚しく濡らす。
後ろへと顔を向けて、悔しそうにするゴブリンライダーと毒液を吐いた体勢で止まっている大蜘蛛を見て、薄く笑う。気配を感じていたのだ。不意打ちは通じないよ。
コンテナを登りきると、ゴブリンライダー2体が登ってきているところであった。僕を見て、鉄の槍を構えながら向かってくる。
魔力の糸がゴブリンライダーたちから放出されて、僕を貫く軌道に展開する。そうして、ゴブリンライダーたちの身体に靄のようなオーラが発生すると、その身体を魔力の糸に乗せる。
『チャージ』
『チャージ』
クロスする軌道での槍の突撃。神技『チャージ』だ。槍のチャージダメージは薄い金属鎧程度なら貫く威力があるだろう。
「だが、魔力の糸の展開が遅い。その軌道は丸見えさ!」
魔力の糸から軌道を読んで、僕はワンステップでチャージの軌道から逃れて、すれ違い様に氷華と炎華を軌道に残す。ゴブリンライダーたちはその横を高速で駆け抜けていき━━━その首がポーンと離れて、崩れ落ちるのだった。爆炎と吹雪が残る大蜘蛛を巻き込み、その命を奪う。
その様子を横目に僕は片足を軸に力を込めて振り向き、炎華を投擲する。後ろから追いかけてきていたゴブリンライダーがコンテナの屋根に姿を現し、狙い通りにその胴体に突き刺さり、また爆炎が巻き起こり、消し炭にするのであった。
「残る敵は2体か。どこに隠れている?」
「スンスン、ケンプファーと共にさっきいた場所に待機しているうさ!」
「部下がこれだけ早く倒されるとは思っていなかったと」
お鼻をスンスン鳴らして、敵の気配を探り、ロロが居場所を教えてくれる。その報告ににやりとついつい笑ってしまう。
コンテナの上を駆けてゆき、前方に空き地があるのを見て取る。どうやらあの場所に敵は待機している模様。それならば馬鹿正直に広間に降りなくても良い。
炎華を手元に引き戻し、魔力を流し込む。
『炎より生まれよ。炎の蝶となり羽ばたけ。全てを焼き尽くす群れとなり、空を飛べ』
『力ある言葉』により、炎華からチラチラと火の粉を撒き羽根を羽ばたかせて、炎で作られた蝶たちが生まれると、優雅に空を飛んでいく。
炎の蝶は空を遊弋し、まるで幻想の世界の様に美しい光景を魅せる。だが、その世界は美しくも残酷であり、高熱の炎の世界。蝶が通り過ぎたあとは焦土と変わる。
『焼き尽くせ』
最後の言葉をキーに、炎の蝶たちはひらひらと優雅にはためきながら、広間へと降りてゆく。そうして、ゴブリンたちの驚きの声が微かに聞こえて、爆炎が噴火のように噴き出して、空間を燃やし尽くすのだった。
「やったうさ!」
「うん、この高熱ではケンプファー如きでは耐えられない。このダンジョンはクリアしたね」
ぴょんと跳ねて喜ぶロロを撫でながら、安堵の息を吐く。
(考えすぎだったか。なにかあると思ってんだけど………)
ここまでやれば倒したのは確実だ。後はダンジョンコアを使い『聖域』を発動させれば━━━。
『Warning、Warning。新たなるエネミーが強制召喚されました!』
脳内に警告音が鳴り響き、眼前の逆巻く炎が急速に消えていく。ハンターギルドからの警告だ。
「これはいったいどうしたうさ!?」
「どうやら………まずいことになったようだよ」
驚くロロをなだめながら、舌打ちをする。ゴブリンだらけの地域にもっと警戒感を持つべきだったのだ。少し慢心していたのかもしれない。
『ダンジョンマスターが出現します!』
炎が消えて、焦げた広間に禍々しい魔法陣が出現し、中心から魔物が姿を徐々に現してくる。ドロリとした黒い粘液が溢れ出しその姿を人型に変えてゆく。
「ダンジョンマスター! ここはネームドモンスターが設置したダンジョンだったのか! この世界の魔物たちがそんなことをできるのか!?」
ダンジョンは自然発生するものの他に、意図的に配置する方法があるのだ。しかし、それを行うにはかなりの知識が必要なはず。半年やそこらのぽっと出の魔物では無理なはず。
「わからないけど……強敵なのは間違いないうさよ! 鑑定するね!」
『ノックノック。うさぎのノック。お家を見せてくださいな。ほら、可愛らしいうさぎが訪れてますよ』
影のように漆黒の人影が広間に立ち、それを見て頭の上でくるりんと踊るロロ。その力は正確に発動し、敵の鑑定を行う。
『ベカ:影の魔王:階位38』
敵の種類はわかったけども!?
「きゅー! 親分、魔王うさ! 魔王うさよ! あわわわ、大ピンチうさ!」
僕の頭にしがみつき、ぷるぷると震えるロロだけど、恐怖するのはわかる。魔王だなんて、予想もしていなかった!
「だね。まさか魔王が生まれているとは………でも、生まれたてのようだ。階位は低い! 倒すチャンスだよ!」
魔王を放置すると極めて危険だ。なにせ、ここには勇者がいない。階位上げ放題となると、しばらくすると手を付けられなくなるだろう。
ベカは完全なる人型に変わっていた。額に捻くれた角を生やしており、羽根のない蝙蝠のような顔と、獣の毛皮が垣間見える肌。元は小鬼タイプだったのが見て取れる。その肌は漆黒で金属のようにテカリを見せている。筋肉質の二メートルは背丈のある巨漢で、金属製の胸当てと小手や脚甲を身に着けて、手に持つのは毒々しい液体が塗られた漆黒のダガーだ。
「先手必勝!」
『炎より生まれよ。炎の蝶となり羽ばたけ。全てを焼き尽くす群れとなり、空を飛べ』
いきなりの高位炎魔法で焼き尽くす! 魔王系統は躊躇ったら死ぬのである!
再び炎の蝶が咲き乱れて、漆黒の小鬼に向かってヒラヒラと飛んでいく。儚き羽ばたきにて、敵を炎で焼き尽くさんと、火の粉の鱗粉で空間を埋めて迫っていき爆炎が巻き起こる。離れていても、肌が焼けるほどの熱により、周囲のコンテナも溶け始めて、金属が液体となって、滴り落ちる。
「今度こそやったうさ! ロロたちの勝利うさね!」
猛火に包まれた魔王を見て、喜び踊るロロだが、僕は苦々しく顔を歪めて、広場から離れたコンテナに目を向ける。
「ロロ、どうやら彼は簡単には倒せないみたいだ」
コンテナの上には焼き尽くしたはずのベカが立っており、その体には焦げあと一つない。
「『影転移』うさ!? でも、魔法の発動は感知しなかったよ?」
コテリと首を傾げるロロ。ロロはシーフ系統のスキルをマスターしており、ウサギが素体でもあり、その感知能力は極めて高い。なのに、魔力が感知できなかったことが不思議なんだろう。
けど、僕は全然不思議に思わなかった。なぜならば━━━。
「あいつの装備しているのは、魔法の発動が感知されないようにする『欺瞞の胸当て』だ。しかもあの紋章と鎧のフォルムは………リンボ帝国軍工兵隊の最新式の魔導鎧だよ」
まさかとは思ったが、ついこの間まで共に戦っていた者が着ていたものだった。帝国の紋章が彫られており、魔法の発動を隠蔽する効果を持つブラックオリハルコン製の鎧。
「けけっ、そのショートソードは『炎華』じゃねーか。そのショートソードを持てるやつ……どうやら久しぶりだと言っておいた方が良いんかね? マセット? 姿格好は変わっているが、お前なんだろ?」
ベカはこちらを見て、その爬虫類のように縦に割れた目を向けて、コキリと首を鳴らしながら楽しそうに口を歪める。
「生きていたのか……!? 僕が生き残ったんだから、あの時のメンバーも生きていて当たり前か。ベカ………暫定でも君の隊長を呼び捨てとはひどいね」
思い出した。パーティーを組んでた工兵隊長がたしかそんな名前だったよ。首の骨を折ったのに生きていたのか。
「くけけ、覚えていてくれたか、マセット先輩? そうよ、俺はあんたの率いていた工兵隊隊長、ベカ。ここで会えたのは幸運だった。よくも首を折ってくれたよな。影の魔王となった俺に殺されるがいいっ!」
ベカは哄笑して、僕へと向き直り魔力を体内から噴き出す。荒れ狂う漆黒の魔力は風となり、周囲へと吹き荒れる。
やれやれ、どうやらハンターギルドに嵌められたみたいだと、僕は嘆息しつつ、ベカを睨むのだった。
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