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5話 僕は未知の場所に来たようだ

 恐る恐る、ポテポテと短くなってしまった足を動かして、周りに置かれている馬車に近付く。前は足音はズカズカだったのに、今はポテポテがふさわしい感じがする。外に出たことのない箱入り息子みたいな弱々しい感じがして、額に冷や汗が流れる。こんなんでモンスターに出会ったら、かなりやばい。早く階位を上げないとな。


「………馬車だね。でも、全部金属製かぁ。車輪もなんかブニブニと柔らかいし木製じゃないな。ガラス窓も見たこともないほど大きいし、お金掛けてるなぁ。しかもどれ一つ同じ形がない」


 馬車の御者席は金属製でツルツルしてて座りにくそうだ。しかも御者席の窓がやけに大きい。というか壁全体が窓だ。前を見たいためなのだろうか? 車輪も変だ。何この黒いブニブニ? つつくと少し柔らかい感触だし、そもそもガラス窓は高価なのに、これだけ大きいガラス窓をつけるなんて信じられない。


 車内も変だ。柔らかそうな椅子が並んでいるが対面に備えられてない。これでは中の人は会話しづらいだろう。それに、なんか狭い。これだけお金をかけた馬車ならもう少し座るスペースを大きくしても良いと思う。


「それになんで船に取り付けられている舵輪が付いてるんだろ? おかしな馬車だなぁ」


 しかも飾りだろうか、どの馬車にも一つ舵輪がつけてある。もしかして土着の文化かなにかかな? 馬車には舵輪を飾るのがルールとか。不思議に思い、他の馬車も見て回る。窓が真っ暗で中が見えない馬車もあったが、作りは基本的に同じだった。


「大きい馬車や小さい馬車もあるけど、全部基本的に同じ作りだ。車体は金属製で車輪はブニブニのもの。………ふむ、幸運が巡ってきたのかも」


 見たこともない馬車たち。戸惑いはあるが、それ以上に喜ぶことがある。


「ここ、『謙譲のダンジョン』じゃないな。どこかの国の馬車置き場だ」


 世界各地を見て回った僕でも初めて見る馬車だけど、間違いない。ここはダンジョンじゃない。打ち捨てられた古代遺跡とかでもない。車内を覗いたところ、人が今でも使っている生活感が見えたからだ。水筒や雑誌が置かれており、脱いだと思われる上着などもあった。


 ダンジョンではない、その事実に安堵して、へなへなと力なく座りこむ。良かった、ダンジョンじゃないのか。ありがとう神様。これなら生き残れる可能性大だ。


 推測するに、ダンジョンの自壊、それに合わせた地震で転移事故が起きたのではなかろうか? 時折転移事故で離れた土地に転移してしまった話は聞いたことがある。たぶん僕の知らない遠い国に来てしまったんだろう。


「とすると、ここは貴族様専用の馬車置き場かな。それはそれでまずいことになるかもだけど。盗人とか思われたら大変だし、さっさと退散しようかな」


 これだけの金属製の馬車だ。普通の馬車よりも遥かに高級に違いない。で、そこに薄汚れたハンターが入り込んでいるのを警備員が見かけたらどうなるだろうか………。うん、考えるまでもなく捕縛されるに違いない。


 自分の装いを見ると、複数の小さなポケットにカードや魔法薬が仕舞われているダンジョン攻略時のままの姿だ。


 今の僕の持っているアイテムは、軍から支給された最高級品。総額で小さめの領地なら買えてもおかしくない価値がある。警備員が僕を捕まえた後に盗品の可能性とかなんとかいちゃもんつけて取り上げる可能性は少なくないんだ。特に僕は平民だし、しかもこの国の国民でもないし。


「さっさと逃げるとするかな。僕は清廉潔白だから、悪い噂は立てられたくないし」


 『ニート』の僕は陥れられるのはしょっちゅうだし、悪い噂も広がるときが多い。事実無根の冤罪なので、ハンター流に作った熱々のシチューを噂した相手に食べさせるけど、面倒くさいことはできるだけしたくない。


 素早く周りを見渡して、上に続く坂道を発見する。誰も来ないうちに脱出しなくちゃね。


 息を殺して、ささっと移動。馬車の蔭から蔭へと素早く駆けて、人気がないかを確認しながら進む。第三者目線だと泥棒に間違いないと思われても仕方ないけど、取る手段がないから仕方ない。そうだな、もしも見つかったら使い魔の兎が入り込んだんで引き取りに来ましたとでも答えよう。


「………なるほど、同じ作りなんだな。ぐるりと回ったら地上に出れると」


 坂道を登ると、また馬車置き場があり、その先に今登ってきたのと同じ坂道を発見して、この馬車置き場の構造を予想する。


 とてててと歩いて、次の坂道に入ると━━━━━強い光が入り込んでいた。たぶん地上の光だ。棒が横に立てかけられていたけど、跨いで乗り越えると先に進む。


「………個人的には助かったけど、高級馬車がこんなにもたくさん置いてあるのに、誰もいないのはおかしいな………。人気もないし」


 違和感を感じる。絶対に警備員はいるはずなのに、誰一人いない。そしてこのようなパターンが何を意味するかも経験上知っている。


 戦争で街が危ない時や、モンスターハザードで逃げないといけない時だ。その予想は正しいようで、ファンファンやピーポーピーポーと聞いたことのないモンスターの鳴き声も大きくなってきていた。


「たぶんモンスターハザードだ。まずいときに来たのかも」


 警戒を密にして、気をつけなきゃいけないだろうと緊張を持って、坂道を登りきり━━━━。


「なにこれ? え、どこここ?」


 予想以上の光景にポカンと口を開けて呆然としてしまった。目の前にある光景は、様々な光景を目にしている僕にしても驚きを齎すものだった。


 なぜならば、ガラス張りの塔がいくつも建っていたからだ。しかも僕が見たことのある塔よりも、遥かに高い塔ばかりだ。


「は〜。これは魔塔だよな………? ガラス張りの上にこんなにもたくさんの塔は見たことがないや。凄いな、ここ」


 大陸でも有数の大国であるリンボ帝国だって、魔塔は12棟しかない。しかもここよりも低い塔だし石造りで、無骨なものだ。ガラス張りとか、見たことも聞いたこともない。


「どの大陸でも聞いたことないけど………隠された秘境とか? いや、こんな目立つ塔があるのに秘境でもないか。もしや、僕は新しい大陸に来たとか?」


 そうなると、新大陸発見の功労者だ。きっと莫大なお金も手に入れる可能性がある。この大陸の位置を知って、さっさと帝都へと戻ろう。


「けど、とりあえずは生き残らないとね」


 捕らぬ狸の皮算用。まずは生き残ることが最優先だ。気を取り直して歩くが………どうしても気が散ってしまう。


「うわ、高そうな服が飾られてる。あっちは宝石店? おぉ、なんだこの看板に描かれている料理美味しそう」


 ふらふらとあっちを見ては驚き、こっちを見てはゴクリとつばを飲んで目を輝かしてしまう。だって見たことがないものばかりなんだから仕方ない。ハンターは好奇心旺盛なんだ。


 幽鬼のようにふらふらと歩き続け、それでも真剣な顔へと変わる。道に放置してある鉄の馬車が多くなり、変だと思っていたところに、見慣れた死骸が転がっていた。


 倒れているのは緑色の肌のモンスター。ゴブリンだ。数十の死骸が転がって放置されており、他には人の気配はない。


「戦闘があったんだな。やっぱりモンスターハザードが起きてるんだ」


 モンスターハザードは本当に稀に起きる、いきなり街中に魔の亀裂ができてモンスターが大量に発生する災害だ。だから、皆は避難したのだろう。


「にしても、人の死体は一つもないと。この国の兵士は優秀なんだな。………んん? でもこれどうやって殺したんだ? 魔法?」


 死骸に近づき調べてみると、死んでいるゴブリンたちは全て身体に穴が空いていた。どいつもこいつも同じ殺され方をしている。しかも魔石に変換されずに死体を残しているとは珍しい。


「魔法の矢……かな? それか石礫ストーブラストか。どちらにしても剣や槍で殺されたゴブリンがいなくて、魔法のみで倒しているところを見ると、この国はかなりの強さだ」


 ゴブリンは弱い。大人が一人で簡単に倒せる程度の強さしかない。だが、弱いからこそ普通は魔法では倒さない。魔力の無駄だからだ。モンスターハザードではゴブリンのような最下級のモンスターの他に階位の高いモンスターも数多く出現する。魔法使いは強敵に備えないといけないから、ゴブリンを魔法で倒して、貴重な魔力を消費することはない。普通は騎士たちが剣などで倒すのだ。


 だが、この死骸はどれも魔法で倒されている。それだけ魔法使いの数が多いに違いない。かなりの強国だ。気をつけないといけない。


「誰か友好的に振る舞える人がいないかなぁ。ぉ〜ぃ、弱々しいお人好しの人がここにいますよ〜」


 大声を上げてモンスターの気を引いても困るから、小声で助けを求めながら進み、大通りを避けて、小道に入る。大通りは多数のモンスターに囲まれたら、今の弱くなった僕では逃げられない。ボコボコにされて死ぬのはノーサンキュー。


 せめてハンターギルドがあればと、馬が逃げて放置されている馬車を見ながら進み━━━━━。


「きゃー! ギャー! だから言ったじゃん、パパ。裏通りを進むのは止めようって!」


「仕方ないだろう。母さんが荷物を持っていくとか言うから!」


「だって避難場所でしばらく暮らすとなったらどうするのよ! 着替えとか必要でしょ!」


「うぉぉ、拙者の未知の力よ覚醒せよ。今こそゴブリンを倒せる英雄の力よ、覚醒せよでござる!」


「やめてよ、馬鹿兄貴。こんな時は真面目にやって! 助けを求めるんだよ!」


 なんか悲鳴だか、罵り合いだか、よく意味のわからない複数の男女の声が聞こえてきた。


「まぁ、悲鳴なんだろうけど、余裕のある悲鳴だね………」


 馬車が一台通れるだけの家屋に挟まれたギリギリの道路。その奥から聞こえてくる悲鳴に苦笑いを浮かべてしまう。でも、これはチャンスだ。


 足に力を込めて、一気に走り出す。階位がゼロとなって、前に比べるとカタツムリのような遅さの足でポテポテと走って、悲鳴の下に辿り着いた。


 馬と御者は逃げたのだろう。護衛騎士もいない。大きめの馬車が道に止まっており、複数のゴブリンたちが醜悪な嗤い顔で面白そうに棍棒で窓を叩いている。ゴブリンは弱者を甚振ることが大好きなのだ。


 ひび割れたガラス窓、鞄などでゴブリンが入ってくるのを押し留めながら悲鳴をあげているのは家族だろう男女四人。たぶん逃げ遅れた貴族様たちだ。


 たとえ背丈が子供程度で力もあまりないゴブリンでも、棍棒を振り上げて悪意ある笑みで攻撃をしてくる姿は一般人にとっては十分に怖い。


「大丈夫ですか? 清廉潔白、品行方正、格安で依頼を受けるハンター、マセットと言います。助けが必要ですか? 今なら格安でお受けいたしますよ」


 危機の人々を見殺しにすることは善良な僕には無理なので、助けるべく声をかけるのだった。

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― 新着の感想 ―
お? やはり幼女になってしまわれましたか。
 おおおおおおお(´□` )逆•異世界転移!?地球の神がしょっちゅう自分の星から異世界に拉致られるのを腹に据えかねてやっちまったのか????意外も意外な展開になろうのテンプレを大きく外した本作はコレだ…
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