47話 武具は装備をしましょう
礼場たちはクエストを受注して、マセットちゃんの先導で、街中を歩いている。もはや住む人がいなくなり、ゴーストタウンと化した街は歩くだけでも滅入ってくると、『魔道士』に転職した差海初は嘆息してしまう。
「どうかしたのかよ、元気ないじゃねーか」
「あんたに言われたくない。反対にあんたは元気すぎない?」
「それは、目の前に幼女がいるからな。多分俺のステータスに補正がかかってると思うんだ」
サムズアップする小鉄のアホさに呆れつつ、前を見ると、マセットちゃんの後ろにカルガモ宜しくポテポテとあ~ちゃんが歩いているのが見える。幼女好きになったのは、絶対にあ~ちゃんのせいだと思うが……実害はないので放置している。
「この木の杖に本当に力はあると思う? 以前よりも私たち確実に弱くなってるわよ?」
洗礼を受けたあと、聖人の時の肉体強化が消えたようで、今は一般人とほぼ変わらない。これで魔物との戦闘は不安がある。
「それは神様を信じるしかねーだろ。レベルアップするまで我慢だろ、我慢」
「あんたはほんっと気楽よね。たしかにゲーム的にステータスが上がるって話だし、我慢するしかないんだけど。ゲームの主人公たちも初めはこんな不安を持っていたのかな」
手に持つのは何の変哲もない『木の杖』だ。マセットちゃん曰く、魔法使いは魔法の発動体を持たないと、その真の効果は出せないとのこと。本当かしら。
「武器は装備したか? 手に持って『装備する』と魔力を込めて呟かないとだめらしいぞ。なんだっけ、力ある力?」
「なんでよ。力が2つ被ってるわけないでしょ。『力ある言葉』よ。武具は『装備』しないと意味がないらしいわ。言葉を使わなくても、魔力を流して自分の波長に合わせればオーケーだって。マセットちゃんの話聞いてなかったの?」
「あ~、そんなことを言ってたような? ま、まぁ、武具は『装備』しないとだめ。昔から言われていることわざだよな」
「ことわざって……頭が痛くなってきた。悪いけど口を閉じてくれる? 頭痛が酷くなるかもしれないし、殴りたくなるから」
「へーい」
適当な返事をする小鉄に深くため息をつく。小鉄は私がいなければ、確実に死んでいただろう。幼馴染とはいえ、ここまでしなくてはいけない理由がわからない。私は人が良すぎるかもしれない。
「皆さん、止まってください。そろそろ魔物が徘徊する地域に到着します。警戒を密にお願いします」
どこからどう見ても、ヨダレを垂らしてしまうかわいさのマセットちゃんの注意に、気を引き締めて礼場さんが真剣な顔で初たちを見渡す。
「了解だ、皆気をつけろよ。車の陰や垣根の裏に隠れているかもしれないからな」
「こないだはゴミ箱に隠れてたよ……」
「あれ、腐った生ゴミの中にいたから酷かったわよね………」
実乃梨のうんざりとした顔に同意しつつ、木の杖を強く握りしめて周りを窺う。
「なぁ、初。マセット君の言う通り、『力ある言葉』とイメージが魔法の威力を変えるんだからな? 酸素が燃えるイメージだ。酸素だぞ、酸素。威力が跳ね上がるからな?」
「……あんた、異世界小説を元ネタに言ってるでしょ? 酸素なんか見たことあんの?」
ジト目で睨む。そのような小説を読んだことはあるが、空気は見えないから空気なのだ。酸素をイメージとか無理筋にしか思えないんだけど?
「えーと、ほら、オーツーをイメージするんだ。オーツー。それか水素、エイチツー」
アホな小鉄は知っている元素記号を口にするが、空に記号が浮いてると思ってるのか!
「イメージできるかっ! 殴るわよ!」
ローキックを太腿にスパンときれいに食らわす。
「いでっ、蹴るなよ、殴るって言ってなかったか?」
「殴ってはいないでしょ!」
蹴りを受けた小鉄は大げさに痛がり、大声で文句を言い━━━。
『スキアリ! バカナニンゲン!』
放置された車両からゴブリンが錆びたナイフを片手に持ち、飛び出してきた。
『げっ、閃光熱線』
慌てて杖を向けると、いつものキーワードを口にする。今まで使っていたイメージをそのままに思い浮かべて、杖へと魔力を流して魔法を発動させる。
今までなら、ゴブリンは焦げて怯むので、時間稼ぎになるのだが━━━。
ゴウッと炎が杖から吹き出し、熱線となってゴブリンに命中。そこまでは同じだったが、そのままゴブリンを貫いて、後ろの車両をも貫き、その後ろの家屋も貫いて大穴を開けてしまった。ゴブリンは灰に変わると、紫色に光り魔石となる。
アスファルトは溶けてガラス形質となり、車は炎が貫いた跡が見事に丸く穴が空いており、ドロリと金属が溶けて垂れ落ちている。不思議なことに炎はすぐに消えて延焼の心配がないのは魔法だからだろう。
「………えぇ〜、う、うそぉ〜。な、なによこれ………」
あまりの威力にポカンと口を開けて、初は呆然と杖の先を見る。仲間たちも同様に初の杖を凝視して、信じられないと目が語っていた。
「危ないところでしたね。でも、流石戦い慣れてます。瞬時の魔法による迎撃お見事でした」
マセットちゃんが平然と、特に目の前の現象に驚くこともなくにこりと微笑むが、初たちはその威力にドン引きだ。今までしょぼかった熱線が、本当の熱線に変わった感じだ。玩具の銃だと思ってたのが、本物であったような驚きだ。
「え、ちょっとまって、まって? この威力おかしくない? 私、どこかのスーパーヒーローになった気分なんだけどっ!?」
「ん? あぁ、これが本来の威力ですよ? 魔法は発動体があると100%の効果を発揮します。反対に何もないと10%しか力を発揮できません。そして『魔道士』の攻撃魔法ダメージは固有スキルにより2倍となりますよね?」
人を犯罪に誘うくらいに可愛らしい微笑みを向けてくれるマセットちゃんの言葉の意味を考えて、初は冷や汗をかく。
「に、20倍!? はぁっ!? マセットちゃん、そんな馬鹿げた威力になるの? 周囲が更地になるわよっ?」
「この国は魔法の籠もった物が少ないですから、被害は大きくなりますが、本来はそこら辺を少し燃やすくらいですよ?」
初がツッコミをいれると、ニコニコと微笑みを消さないマセットちゃん。あごに手を当てて、小鉄が呟く。
「あれか……重力十倍の惑星なら大した威力じゃないが、1倍の惑星だと建物とかも脆くて被害が大きくなる、眼鏡と宇宙開拓史理論か………」
「それ、いけメガネマンじゃなかった?」
「多分あれは映画版の元ネタになってるんだ」
なにやらよくわからない話をしてるとマセットちゃんは不思議そうだけど、初たちは様々な娯楽を見ているので、簡単に理解した。礼場たちもそれぞれ自分の持つ武器を見つめて青褪めていた。
「ま、まて。待ってくれ、俺の技は『ソニックスラッシュ』だぞ? 音速の衝撃波を斬撃として飛ばすんだぞ?」
「ゲゲゲ、ナンカアイツラスキダラケ」
「エモノタベル」
「ウサギマルカジリ」
木刀を手にして、礼場が戸惑う中でも、ゴブリンたちが戦闘音を聞きつけたのか、通りの向こうから走ってくる。
「な、なんだ? ゴブリンの言葉が分かるようになってるぞ?」
「そうなのか? 俺はわからないが!?」
田草が驚愕するが、そういえば、なぜかゴブリンの言葉が理解できることに初たちも気づき戸惑う。礼場と実乃梨は不思議そうな顔なのでわかってないのだろう。
「多分洗礼を受けたからだろ! それより、リーダー、せっかく武器を手に入れたんだ。神技を使って見せてくれ! 俺たちはまだ魔力の糸とかいうのに慣れてないから使えねーんだ!」
「くっ! 嫌な予感しかしないが、たしかに使うなら今しかないか! おぉぉぉぉ、唸れっ! 俺の剣よ!」
木刀に聖なる力を込め始める礼場。その収束する力に合わせて、礼場を中心に突風が巻き起こり、竜巻となり周囲へと吹き荒れる。
「わぶっ、前はそよ風だったのに、違いすぎない!?」
「なにせ、十倍の威力なんでしょ? それじゃこれが本来の力なのよ!」
実乃梨が吹き荒れる風に、髪を押さえて叫び、初も本当の神技の力に驚きを隠せない。私たちはどんだけ不利な状況で戦っていたというのか?
「いける! これなら魔物たちを駆逐できる! これが俺の真の力だぁぁぁ!」
カッと目を見開き、決め顔で聖なる力が宿って光り輝く木刀を上段に構えを取る。もはや主人公だ。自分の力に酔って、礼場は子供の頃にかかった厨二病を再発していた。
「風は奔り、斬撃は全てを切り裂かん! 俺の心に仕舞われていた隠されし力が、今魔を討伐せん!」
ノリノリの礼場である。決め台詞を即座に考え力を見せつけてくる。
「はよ、撃て!」
初はツッコミを我慢することができなかった。
「おうっ! ひっさーつ!」
『ソニックスラッシュ!』
足を踏み込み、体を捻ると大きく振りかぶって、横薙ぎに礼場は木刀を振るう。以前はしょぼかった斬撃が、今は通りを塞ぐ長さの斬撃となり、ゴブリンたちへと向かっていく。
ゴブリンたちは慌てて立ち止まり、逃げようとするがもう遅い。音速の衝撃波が物理的な刃となって、ゴブリンたちを一閃する。数発当てないと倒せなかったのに、今は綺麗な切り口を見せて上下に体を分かたれて、ゴブリンたちは死体となって、地面に転がっていく。
「凄いです、礼場さん!」
実乃梨がその威力に目を見開き、称賛の言葉を口にする。
ソニックスラッシュは、そのまま後方の家屋を分断し、ビルに亀裂を与えて消える。ゴゴゴとビルが倒壊し、砂埃が間欠泉のように噴き出す。
「きゃ~、れーばしゅごーい」
「もっとたくさん切ろううさ」
あ~ちゃんとロロがぱちぱちと拍手をして、ド派手な威力を見て大喜びする。
「おぉ…………。おぉ?」
ビルの倒壊に巻き込まれて、他の家屋も潰れていき、放置されていた車がソニックブームに巻き込まれて、空から落ちてきた。ドガシャンとスクラップとなって、外れたタイヤが目の前を転がっていく。
たった一撃で、辺りは瓦礫の山へと姿を変えていた。まるで竜巻が通り過ぎたようだ。
「…………」
シーンと静まり返る礼場たちに、テクテクとマセットちゃんが近づいてきて
「次は射程距離などを考えて頑張りましょうか」
「あ、はい。すいませんでした」
どうやら主人公ではなく、破壊を繰り返す悪人になった礼場たちであった。
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