43話 注文の多すぎるレストランと元お嬢様
「くぅ~、なぜにわたくしがコックになってますの!? いらっしゃいませ〜」
「まぁまぁ、ローズさんの料理の腕でこれだけ流行ってるんですから。いらっしゃいませ〜」
赤野ローズは元社長令嬢だ。しかし、今は天才的料理人として、洋食屋『陸の家』のコックをしていた。野菜をタタタと素早くミリ単位の正確さで千切りにし、中華鍋で豪快に炎をまとわせて焼きそばを作り、野菜山盛りのラーメンを用意する。一人で何人ものコックの働きをして、店を支える大黒柱だ。
「はい、ラーメン2丁、焼きそば一人前、カレー大盛り3人前あがりましてよ」
「はぁい、すぐに運びまーす」
最近は魔物盗伐を抑えめにして、ホールで働く実乃梨と共にこの店を経営しており、既に放棄された土地であるのに、店の座席は7割は埋まっている繁盛ぶりだった。
「この店の料理は安いし美味いからなぁ。今のご時世、千円均一の料理は中々ないよ」
「だなぁ。まぁ、それだけが理由じゃないけど、それでもこの料理はレベル高いよ。ローズさんはいつの間にここまで腕を上げたんだい?」
礼場が焼きそばをすすり、田草がカレーを美味しそうに頬張りながら感想を口にする。その感想は嬉しいけれども、ローズは釈然としなかった。
「わたくし、ほとんど料理などしたこと無かったはずなのに………うっ、頭が痛い………」
どこで修行したか思い出そうとすると頭痛がして、思い出せないのだ。もう思い出そうとするのはやめたほうがいいかもしれない。記憶の片隅に数十年の修行を積んだからだとの地獄の思い出があるが、そんなわけはないので、きっと気の所為なのだ。
それに、そんなことを気にしている場合でもない。
「マセットさんは一体いつ来るのでしょうか、もうポーション枝も残り数本になりましたわ。経営の危機ですわ!」
炎の使い手として中華鍋を振るい、パラパラチャーハンを炒めつつ、お玉をカーンと鳴らしていらだちを示す。ローズは料理人としてやっていくために、この店にいるのではない。マセットと共に、ポーション枝を売って、ウハウハの人生を過ごすために店にいるのに、肝心のマセットが全然姿を現さないので、困っていた。
「そうなんだよなぁ。俺達も開店休業状態だ。もうポーション枝の無い魔物狩りなんか危険でやってられないからなぁ」
「ほんと、ほんと。怪我を恐れずに戦えるってのは大きいよ」
「幼女もいないと力がでないからなぁ」
「あんたは黙れ」
約1名、礼場の仲間は道を違えてしまったが、彼らはつい最近まではひたすら魔物狩りをしていた。高報酬でも、怪我を負うことが増えて二の足を踏むようになった他の冒険者たちとは違い、ポーション枝を使い、怪我を治すことが可能な彼らは、依頼をバシバシと受けて、一気に貯金を膨らませていた。
しかも、魔物は増える一方であるのに、冒険者たちは魔物狩りを嫌がるようになったために、報酬は右肩上がりで、自宅の金庫を2回も買い替えていたりもするウハウハの長者となっていたのである。
しかし、それも先週まで。遂に手持ちのポーション枝が尽きたために、補充できるまでは待機することにしたのだった。そのため、実乃梨は暇だからと、ローズの手伝いで店のホールを担当していた。
「でも、ポーション枝の出処が有耶無耶になったから、いいとは思う。どうしても他人に使う時があったからな」
苦々しく顔を歪める礼場に、他の仲間たちも苦笑しつつ頷く。礼場たち以外にもポーション枝を買った冒険者パーティーがいるが、礼場のセリフにやはり同意して、そっぽを向いていたりもする。
彼らは基本善人であり、他の冒険者たちや市民が傷つき死にそうになっているときに、隠さないといけないポーション枝を使って助けてしまった。見過ごすことはできなかったのだ。
できるだけ、ポーション枝を使っているように見えないように、祈ったり踊ったり奇声を発したりと誤魔化したが、それでも誤魔化されない目端の利く者たちは、彼らがなんらかの方法で治癒をしたと見抜いて、探るようになった。
なにせ、礼場たちのパーティーには治癒師はいない。そして小枝を使用しているように見えるとなれば、なんらかのクラフト系の聖人が現れたと考えるのが普通だろう。
そして礼場たちは常に監視されるようになったが、それも2週間くらいまでだ。仕入れることができなさそうだと考えると、誰か治癒師が作っているのではと、別のアプローチを考えて、ポーション枝を作っているだろう既存の治癒師をマークしはじめて、礼場たちは監視から逃れることができたのだった。
それに、監視から逃れたのはもう一つ理由がある。礼場たちの行き来する場所が一般人では危険極まる場所となったからである。政府が国土の大部分を放棄して以来、魔物が平然と道を歩き、無防備な人間を襲うようになっているので、冒険者でなければ、礼場たちを監視することは不可能になったのだ。
「しかし………魔物狩りをする冒険者たち減ったよなぁ。冒険者ギルドは開店休業状態じゃないか」
「無理ない。放棄していない街でも普通に魔物が現れるから、冒険者たちは議員か金持ちの護衛に雇われているから」
「だよなぁ………一般人はすぐに逃げられるように、いつもリュックを担いでいるもんな………」
礼場の仲間たちが嘆息するのを見て、ローズもやりきれないようにかぶりを振る。
━━━国土の大部分を放棄して、確保している街は安全を保障するとした政府だが、実際は安全など保障することはできなかったのだ。ダンジョンだけではない。いきなり街中にポップする魔物たちは周辺に被害を与える。それはどこにでも現れる。大通りでも、路地裏でも、家の中でも、どこにでも。
「国会議事堂の中に現れたのが決め手でしたわね。あれで議員たちは高ランクの冒険者たちを議事堂に常駐させることと、議員たち一人一人にも冒険者を護衛させるようにしてしまいましたもの」
「テレビ中継中に起きましたもんね。私は見ませんでしたが、かなりショッキングだったんですよね?」
料理を運びつつ、実乃梨が答えると、他の冒険者の一人がスプーンをゆらゆらと揺らしながら、眉をひそめて言う。
「あぁ、俺は見ていたよ。予算会議中に、ど真ん中にオーガの群れが現れたんだ。与党も野党の議員もポカンとしていてな。まさか自分たちが魔物に襲われることがあるなんて欠片も思ってなかったんだろうな。その後は兵士たちが救援に来るまで阿鼻叫喚の地獄図。3割の議員が亡くなったはずだ」
人類同士の戦争では、古来よりお偉いさんは戦死することはない。あぁでもない、こうでもないと、後方で作戦を立案し、予算の話し合いをして、常に安全地帯にいたのだ。国会議員たちも同様に国土を放棄したとはいえ、自分たちの身は安全だと考えていた。
山や森など最初から人は住んでいなかったのだし、田舎の街など住んでいる人間は少ない。大都市に吸収すれば良いと。そうして魔物への対処方法が確立し人類の反撃の時まで、安全な大都市の奥深くで待てばよいと。
しかし、その前提が崩れてしまった。
「魔物との戦争に安全地帯はないと、議員たちもようやく自覚したんだろうな」
「自覚しなくても良い方向で自覚したよね、あいつら」
彼らは目の前に死が迫ったことで、ようやく危機感を持った。問題は危機感を自覚したのだが、それは国を救わなくてはいけないという危機感ではなく、自分たちが死にたくないから身を守らなくてはとの方向に走った。
そのため、彼らは国会議事堂を守る冒険者に加えて、自分たちを守るための護衛にも冒険者たちを雇ったのだ。
「なんだっけか。政治が空白状態にならないように、議員たちは守らなくてはならない。そのために冒険者たちを護衛につける、だったか。あっという間に法案通ったよな」
「前代未聞よ。決まった次の日から施行されたんだから。あいつら自己保身のためなら、どんだけ早く行動できるわけ? しかも冒険者へと支払う高額報酬は全部税金じゃん!」
「Sランクの護衛報酬が年間百億円だもんな……税金からなら簡単に支払えるからだろ。個人で支払ったら破産するからな」
初がバンバンと強くテーブルを叩き、苛立ちを露わにするが、その気持ちは痛いほどわかる。礼場たちはCランクのため、護衛の勧誘はされないが、Bランク以上は軒並み議員や金持ちに護衛として雇われてしまった。そのため、魔物が狩られることが少なくなり、ますます魔物の脅威が高まるという悪循環となっている。
税金も増える一方だ。もはや8公2民と言っても良いだろう。冒険者たちは税金に対して優遇されているが、国民はもう日々の生活も厳しい。これが他の国なら暴動などに発展するが、日本人のほとんどは穏やかで、少数の市民がデモを行うだけで、全国的には静かなものだ。
「外国との貿易もいつまで持つことやら。となると、このカレーももうすぐ食べられなくなるのか?」
以前の水っぽいカレーとは段違いの美味しさとなったカレーをスプーンで掬い、礼場は難しい顔となる。このカレーはどうやって作ったのかわからないが、週に1回は食べたくなる美味しさを見せていた。
お持ち帰りをお願いして、ルーは冷凍にして冷凍庫にしまっておくかと、むむむと考え込む礼場に、明後日の方向に思考を向けたなと、仲間たちも苦笑しつつ、それぞれ料理を食べ始めて、後はいつもの流れで、駄弁って解散となる空気が蔓延する。
しかし、それでは冒険者たちは良くとも、ローズは困るのだ。このままだと魔物も徘徊しているし、この店も閉めなくてはならなくなる。
「たしかに日に日に野菜類は高くなってますわ。だからこそ、マセットさんが帰ってくるのを━━━」
「呼びましたか? 清廉潔白、品行方正、気弱でお人好しのハンター、マセットがただいま戻りました!」
艷やかな青髪を靡かせて、美少女にしか見えないマセットがドアを勢いよく開けて入ってきた。
「マセットさん! 待ってたのですよ。どこをほっつき歩いていましたの!」
「ふふふ、申し訳ありません。でも、留守にしていた分の取り返しはつくと思いますよ」
ドサリと木箱を置いて、にこりと微笑むマセットにローズはなにか嫌な予感がするのであった。
アースウィズダンジョンのコミカライズがやってます。ピ〇コマなどで見れますので、よろしくお願いします!




